今月のイチオシ本【エンタメ小説】

『口福のレシピ』
原田ひ香

口福のレシピ

小学館

 まず最初に言っておきます。本書を読むにあたっては、空腹時を避けるべし! 空きっ腹にしみすぎて悶え苦しむことになります。ほどよく小腹を満たしてから、お読みくださいませ。

 本書の主人公は二人。一人は、実家が老舗の料理学校「品川料理学園」である留希子。学園の後継者に、という家族の思惑のもと、大学では栄養学を学んだが、家業は継がずに卒業後は企業のSEとして働いていた。残業の多さと人間関係に疲れて退職した後は、フリーのSEとして働く傍ら、SNSでの発信がきっかけとなり、料理研究家の道を歩み始めたばかり。

 もう一人の主人公は、昭和の初めに、「品川料理学園」の前身である「品川料理教習所」に女中奉公にやって来た、しずえ。町田で農家をしている実家から、出入りの八百屋の紹介で教習所にやって来て半年ほどで、通常は二年以上経ってから、という決まりになっていた昼餉の支度を仰せつかることに。

 片や令和元年、留希子はゴールデンウィークに向けた、手軽で美味しいレシピの企画を考えていて、片や昭和二年、しずえは西洋野菜のセロリーの調理をあれこれ試している。この二人の結びつきの真ん中にあるのが、一つのレシピである。そのレシピが何なのか、どういう謂れを持つに至ったのか、は本書を読まれたい。時代が移り変わっても、人の生活の基本には「食」がある、という作者の視点がいい。

 何よりも、本書で描かれる留希子の料理の数々がたまらない! 料理研究家としてのスタンスだけではなく、日々の暮らしのなかで留希子が作り出す一品、一品が、どれもこれも抜群に美味しそうなのだ。一軒家を借りて一緒に住んでいる、設計会社の内装デザイナー・風花と留希子、二人の食べっぷり、飲みっぷりが実に気持ちいい。

 しょうしょうへこたれることがあっても、ちゃんと食べることが、明日へとつながっていく。口福とは幸福なのだ。そうやって、人生は続いていくのだ。あなたの、そして、私の。

(文/吉田伸子)
〈「STORY BOX」2020年10月号掲載〉

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