小説を読むのは昔から好きで、大学では英米文学を専攻しました。でも、衝撃を受けた一冊をここで挙げるのならば、中学生のときに国語の授業で出会った『高瀬舟』です。
喜助という男が、弟を殺した罪で島流しにされる。それなのに喜助の表情は不思議と晴れやかで、舟を漕ぐ男が理由を尋ねると……。
有名な小説ですからあらすじをご存知の人は多いかもしれません。けれども私が衝撃を受けたのは、内容ではなく、高瀬舟という物語が提示した「答えのなさ」でした。
そのときまで私は、小説とは作者が書いたことをただ受け取るものだと思っていたんです。決まっているものを受け取る、読書とはそういうものだと信じ込んでいた。
ところが、クラスの皆が書いた『高瀬舟』の感想レポートは、驚くほどさまざまな意見がありました。今とは異なる時代のモラルや善し悪し、この結末はハッピーなのかバッドなのか……。そうしたことを、誰もがそれぞれ違う視点から見ていた。「作者の意図はここにあったんだ」とハッと気づいた瞬間でした。
物語は、「答え」を読者にただ差し出してくれるものではない。読む側が自分なりに考えを巡らせ、答えを見出していくもの。だからこそ、人によって「答え」はそれぞれに異なってくる。
そこからさらに踏み込んで歴史的背景や作者の人生も踏まえて作品を読む楽しさを学べたのが大学時代でしたが、そこへ至るきっかけも今思えば『高瀬舟』でした。
物語が、問いが、自分の中に落ちてくる。私にとってそんな感覚を教えてくれた初めての小説です。
『山椒大夫・高瀬舟』
森 鷗外 著(新潮文庫)
弟を殺して島送りにされた男。なぜ彼は穏やかな顔をしていたのか。明治の文豪による傑作短編。
福田萌子(ふくだ・もえこ)
モデル、スポーツトラベラー、トレーナー。TVや雑誌など幅広く活動する。「バチェロレッテ・ジャパン」の初代バチェロレッテを務め、同世代をはじめとした多くの女性から支持を得ている。
『「なりたい自分」になるシンプルなルール』
福田萌子 著(幻冬舎)
多くの女性の憧れと共感を呼んだ初代バチェロレッテが、「なりたい自分」になるための12のルールを提案。自らの過去も素直な言葉でさらけ出している。
〈「STORY BOX」2023年2月号掲載〉
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