◎編集者コラム◎ 『転がる検事に苔むさず』直島翔
◎編集者コラム◎
『転がる検事に苔むさず』直島翔
真っ黒い卵と著者のこと
検察担当記者は、「Prosecution」(検察)の頭文字から、その世界では〝P担〟とよばれるらしいです。ピータン? あの真っ黒い卵……と、いきなりよくわからない話から始めてすみません。
P担は社会部のなかで花形ポジションの一つです。なかでも権力への追及をも辞さないことから〝牙〟にも喩えられることもある東京地検特捜部を担当していたのが著者です。海千山千のエリート検事たちの心を、あの手この手で開かせてきたにちがいない。初対面ではこちらも身構えました。しかし、待ち合わせ場所の喫茶店に現れたのは、駄洒落好きで陽気、そして下戸でもあるおじさんでした(勝手に、豪放磊落な人物をイメージしていたのです)。
さて本題。〝現役新聞記者の描く検察小説〟という触れ込みから、本書を手に取った読者は冒頭、アレッ、と思うかもしれません。登場するのは、権力争いから外れた冴えない中年検事・久我、気は強いが経験ゼロの女性検事・倉沢、そして刑事を夢見る交番巡査・有村。酒の失敗だったり、映画の小ネタだったり…彼らが繰り広げる会話はピリピリとした検察小説からはほど遠く、牧歌的ですらあります。3人は、それぞれの理由で捜査当局の傍流に甘んじています。でも、卑屈にはならない。とくに久我は検察内の権力争いに巻き込まれながらも、事件の断片を実直に拾い集めていきます。そして仄暗い闇のなかの真実に光をあてます。
久我の人物造形には、著者の仕事観が深く関わっているのではないか。そう思っていましたが、ズバリだったようです。「自分は、わかり切った記事の前打ち競争よりも、記事の中身で勝負する」。元最高裁判事の甲斐中辰夫氏は、若き日の著者からそんな言葉を聞いたことがあるといいます。文庫版にて、甲斐中氏には素晴らしい解説文をいただいたので、ぜひご高覧ください。
冒頭に紹介したあの真っ黒い卵はぱっと見、得体が知れません。でも、黒い表層を破った先に、豊かな味わいが広がっているといいます。本書もそんな小説…いや、ちょっと違うかな。そもそも真っ黒くありませんね。読後、豊かな味わいが広がるという点だけは、担当編集者として保障します。
最後に告白します。私はピータンが苦手で、完食したことすらありません。
──担当かしわばらより