【著者インタビュー】直島翔『転がる検事に苔むさず』/主役は苦労人の窓際検事! 第3回警察小説大賞受賞作

ふだんは窃盗事件や器物損壊など、町の小さな事件ばかりを担当している検事が主人公のミステリー小説。謎解きの面白さはもちろんのこと、組織小説として読んでも引き込まれる一冊です。

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

本作『転がる検事に苔むさず』で第3回警察小説大賞を受賞しデビューを果たした、現役新聞記者の著者が作品に込めた思いと作家生活を語った「仕事をするから干されることもある。記者として見聞きしたことをすべて書きました」

『転がる検事に苔むさず』

小学館 1760円

主人公は久我周平、43才。4浪の末に司法試験に合格し検察庁に入庁した苦労人。そうした経緯のせいで中小の支部ばかりを渡り歩き、現在の職場は東京地検浅草分室。いつかは東京地検特捜部で……と思い、その声がけもあったが本庁の派閥争いに巻き込まれて話は立ち消えになった過去があった。夏の夜、若い男が鉄道の高架から転落し、猛スピードで走る車に衝突する事件が起きる。果たして自殺か、他殺か。交番巡査や新人の女性検事とともに真相に迫る中、本庁内で蠢く争いに再び巻き込まれて――検察組織の裏と表を知る著者だからこそ書ける迫真のミステリー。

直島翔

(なおしま・しょう)1964年宮崎県生まれ。立教大学社会学部社会学科卒業後、新聞社に入社。社会部時代に検察庁など司法を担当。本作にて作家デビュー。

人の温かさや幸せってなんだろう、と考えながら書いた

 第3回警察小説大賞受賞作。警察官ももちろん出てくるが、小説の主役は検事だ。
 検事といっても、エリート集団の東京地検特捜部ではなく区検の浅草分室に勤務する窓際検事で、ふだんは少年の窃盗事件や器物損壊など、担当するのは町の小さな事件ばかりというのがまず面白い。
「江戸の奉行所でも成立するようなお話として書きました。『半七捕物帳』とかの感じを現代の空間に置き換えたらどうなるのかな、って前から思ってたんですね。人の温かさや幸せってなんだろう、みたいなことを素直に書いてみたい。自分が敬意を持ったり好きになったりした人は、どういうところが良かったんだろうかって考えながら、デフォルメしたり、一部だけ取ったりして人物に落とし込んでいきました」
 若い男が鉄道の高架から転落、猛スピードで走る車にぶつかり死亡する。状況からは自殺か他殺かわからない。所持品で自動車ディーラーのセールスマンだと判明するが、まじめだという周囲の評判とは裏腹に、ペーパーカンパニーを利用した外車の輸入にかかわっていたことが明らかになり、彼が通っていたボクシングジムのロッカーから合成麻薬が発見される‥‥。
 一人の男の不審死をめぐる謎解きの面白さはもちろんだが、組織小説として読んでも引き込まれる。主人公の久我周平は、司法試験に受かるまで四浪し、エリートコースを外れている。中小支部の勤務ばかりだが、仕事への取り組みは誠実で、その実力は周囲も認めるところ。東京地検特捜部に異動する話もあったが、人事はつぶされてしまう。彼を引き上げようとした元上司は、「きみが干されているのは、仕事をするからなんだよ」と言う。
「検察内部もそうですし、ぼく自身、ずっと記者として働いてきて、どんな役所や会社でもあることではないかと気づいたことですね。人の仕事や自分にない能力を認めるのは集団の中にいるとなかなか難しい」
 じつは直島さんは現役の新聞記者で、現在は時事コラムを担当している。もともとは社会部で、検察庁を担当していただけに、検事の日常や行動パターン、検察庁内部の人間関係も含めた細部の描写に厚みがある。
「自分が記者として見聞きしたことを書いてはいけない気がしていて、ぼくが最初に書いたのは仕事と関係ないインテリジェンス小説だったんです。原稿を読んでくれた編集者に、自分が取材経験のある分野で書いてみてはとすすめられて書いたのが今回の小説です」

ものすごく面白いものを書きたい渇望が自分の中にある

 警察官が主役の警察小説では、検事はもっぱら敬して遠ざけておきたい存在として描かれがちだが、直島さんの小説では、警察官と検察官の距離は、もう少し自然な協力関係に見える。
「いい検事さんって、現場の警察官からも尊敬されてますよ。意外に、と言うとなんですけど、立派な人もたくさんいます。自分の実績をいばってばかりの、こちらの人間観が変わりそうな人も特捜部にはいましたけど、『おれはあんたたちの思い通りにはしない』と態度で示していると、『わかるよ、自分もそう思う』と言って、助けてくれる人が出てきたりもしました。自分の人生の恩人と言える人もいます」
 久我のモデルになった人に本を送ったところ、「若いころに暗中模索していたころを思い出しました」とすぐにハガキをくれた。ハガキには、「きみにそんなこと話したかな」と書いてあったそうだ。
 直島さん自身が投影されそうな、新聞記者も脇役として登場する。官舎の前で検事が帰ってくるのを何時間も待ち、「書くな」と言われたネタで他社に抜かれたりもする。
「新聞のスクープって複雑で、ずっと前から知っていても書けないことも多かったりするんです。あまり考えず、相手に言われるまま書く記者がスクープできたりもする。いざ書いても、『おれはやったぞ!』って自分を褒められない状況だったりして、記者を出すと、どうしてもダメな人にしてしまいます」
 人情味のある検察小説は、バディ(相棒)小説でもある。久我と一緒に浅草分室で働くのは、新米検事の倉沢ひとみ。向こう気が強く、指導官である久我にもまったくものおじしない。遅刻した久我が、「すまん、すまん、電車が混んでたもんで」と言い訳すれば、「電車が混んで遅れる人はいません。漫才のボケみたいなこと言ってはぐらかさないでください」とすかさず切れのいいツッコミを入れる。
 さらに、久我の飲み友達である墨田署の刑事課長が指導を頼んだ刑事志望の有村巡査が頻繁に出入りするようになり、同い年の倉沢と有村とのあいだにも相棒のような関係が成立する。
 直島翔(なおしましょう)はペンネームだ。編集者に原稿を見てもらっているとき、「直します、直します」とたびたび言ったことを思い出してつけたものだそう。
「衝動的に、ダジャレを言ってしまいました(笑い)。最初、文章の章でと思ったんですけど、作家の鳴海章さんと似てしまうから『翔』にしては?と編集者に言われて。櫻井翔さんの名前が真っ先に頭に浮かんで、むちゃくちゃ恥ずかしいな、と思ったんですけど、喫茶店に入ったら横浜銀蝿の翔さんのポスターがたまたま張ってあって、おっさんもいるし、じゃあそれでいいかと決めました」
 タイトルは、作中にも出てくる、直島さんが大好きなロックバンド、ザ・ローリング・ストーンズにちなんだ。次作も、年内刊行をめざしてただいま執筆中。
「小説を書けるのは土日だけで、土曜日は疲れているのでほぼ日曜だけですけど、ものすごく面白いものを書きたい渇望が自分の中にあって、本作の50%増しぐらい面白いやつを目標に書いています」
 転がる検事は、次にどこへ向かうか。

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 稲泉連さんの『アナザー1964 パラリンピック序章』。毎日、何かしら読んでいます。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 楽しみで読むのはもっぱら海外の作家で、デニス・ルヘイン、あとジェフリー・ディーヴァーはずっと買ってます。

Q3 最近、見てよかった映画やドラマは?
『マダム・セクレタリー』。FOXが配信している政治ドラマで、シーズン6まであります。アメリカの女性国務長官を描いてるんですけど、史上最高傑作なんじゃないかと思うぐらい脚本から何からすばらしくて、家族の話から地球平和の話まで描くすごい作品です。

Q4 最近気になることは?
 ニュースを追いかけてコラムを書くのが毎日の仕事なので、どれか1つというより、森羅万象すべてですね。

Q5 息抜きはどうしていますか?
 このところずっとテレワークで出社は週1ぐらいなので、ずっと息抜きしてるような気がします。

Q6 趣味は何ですか?
 毎週、競馬やってます。麻雀もするけど、酒は飲みません。

Q7 何か運動をしていますか?
 してないです。学生時代はバレーボールやってました。会社に入ってからは社の野球チームに入ってたんですけど、45才のとき、二塁打打ってスライディングしたら、足が伸びず、正座したままベースの1メートルぐらい前で止まってしまって。膝もひどく擦りむいて、これはちょっとダメだよなと、それからしばらくしてやめてしまいました。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/黒石あみ

(女性セブン 2021年10.21号より)

初出:P+D MAGAZINE(2021/10/17)

【著者インタビュー】丸山正樹『わたしのいないテーブルで デフ・ヴォイス』/コロナ禍のいま、聴こえない人たちが置かれている状況をリアルタイムで描く
【「カナナナナナナ」はなんの音?】世界各国のオノマトペクイズ