◎編集者コラム◎ 『めおと旅籠繁盛記』千野隆司

◎編集者コラム◎

『めおと旅籠繁盛記』千野隆司


『めおと旅籠繁盛記』写真1

 あぐらか正座かで結構印象が変わってくる観光キャラクター「りんりんちゃん」に迎えられ、降り立ったのは板橋駅。かつて江戸と京を結んだ中仙道で、第一番目の宿場町でした。

 千野隆司さん待望の新シリーズ『めおと旅籠繁盛記』は、ここ板橋宿が舞台です。

 逆境を努力や機転、団結で切り拓いていくというのが、千野作品の魅力の一つ。お打ち合わせをした時期的に、私の頭に浮かんだ〝逆境〟は、客足が途絶えてしまった観光地や旅先でした。

「宿場町を舞台にするのはどうですか」という提案を、千野さんは検討してくだった末、孤独な無宿者──戸籍から名前を外され、住所を持たない者──が宿場町に流れ着き、貧しいながらも実直に旅籠を営む家族たちと出会い、旅籠を、町を盛り立てるため奮闘するという物語を、見事に紡ぎ上げてくださいました。

 今回は、いわゆる「聖地巡礼」にやってきたわけです。

『めおと旅籠繁盛記』写真2

 駅前の商店街を進むと「追分」に突き当たり、右の道をいけば旧中仙道です。板橋宿は約1.7キロメートルの長さで、日本橋側より平尾宿・中宿・上宿と分かれており、私は平尾宿側から足を踏み入れたことになります。

 アーケードをくぐって少し進むと、「いたばし観光センター」があるので諸情報をチェック。かつての板橋宿のジオラマや様々な資料のほか、初代「縁切榎」の木肌があり、その迫力に圧倒されました。

『めおと旅籠繁盛記』写真3

 仲宿に突入すると、賑やかさが増してきます。江戸時代も、本陣や問屋場などの主要施設は仲宿にありました。

 ホットコーヒーでも飲もう、とコンビニに入った私の手には、なぜか燗がつけられた日本酒が握られていました。ただ、仲宿はたこ焼き、もつ煮など、美味しいお供が満載です。入ってすぐの旧米屋商家を改築した板五米店さんをはじめ、米屋の看板も目立ちます。

『めおと旅籠繁盛記』写真4

 スーパーの手前にひっそりと赤い看板が立てられており、こちらが本陣跡。江戸に近い板橋宿では、主に休憩所として利用されていたそうです。

『めおと旅籠繁盛記』写真5

 さらに進むと石神井川が流れており、ここにかかっている橋こそ地名の由来、板橋です。『めおと旅籠繁盛記』の旅籠「松丸屋」は、この板橋より先、上宿にあります。

「松丸屋」に思いを巡らせながら上宿を進むと、賑わう一画が。こちらが三代目の縁切榎で、現代では、悪縁を切り良縁を結びたいと願う人々がたくさんお参りに来ているようです。

 ご挨拶をして、ここらで引き返すことにいたしましょう。

 目的地を持つ旅人が、通り過ぎてゆく宿場町。帰る場所を持たない男・直次はそこに留まり、居場所とすることが出来るのか。ぜひ物語の、そして直次の出立を見届けていただけますと幸いです。

──『めおと旅籠繁盛記』担当者より

めおと旅籠繁盛記
『めおと旅籠繁盛記』
千野隆司
小原 晩「はだかのせなかにほっぺたつけて」第3話
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.142 紀伊國屋書店福岡本店 宗岡敦子さん