ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第147回

「ハクマン」第147回
編集からの催促は
暴力による洗脳である。
今年は「覚醒」が目標だ。

他人をメチャクチャにしてからが漫画家の人生本番なのかもしれないが、まだまだ私は道半ばであり、今すぐ自慢したい気持ちを抑え、公式からの発表を待つしかなかった。

しかし、いくら待っても「この日に発表する」という報告が担当からはなく、ある日突然、発売予定の最新単行本の帯に「テレビドラマ化決定」と書かれているのを発見した。

その時も担当から具体的にいつ発表するかの話はなかったのだが、それを見て単行本発売まで、または発売日に発表するのだと理解した。

何故言語を排して状況から判断しているのか謎だが、こちらから「この話はいつしてもいいんですか」と聞くと、言いたくてたまらないことがバレてしまうので、聞くに聞けなかった。

だがその後も担当からいつどんな形で発表するかの話はなく、単行本が発売してしまい、マジで情報の初出が紙の本の帯になってしまったのだ。

コロナ以降漫画のシェアは急速に電子に移り、紙の本の部数は右肩下がりで紙は出ないことも珍しくなくなった。

そんな中、紙の本を買った奴だけが何となく気づく仕様で発表するというのは「やはり漫画は紙だ」という強い意志表明と、電子社会に対する強烈なアンチテーゼだったのかもしれない。

しかし私も漫画は電子派なのでそのメッセージは私の本以外から発信してほしかった。

ドラマ化が決定してから私はすごくはしゃいでいたのだが、もしかしてそんなに騒ぐことでもなかったのか、そして私は業界で嫌われているのか、と割と的を射てそうな根源的発想になってきたし、正午近くなっても誰も気づいていないのがまた厳しい。

結局こちらから担当に「もうこれは言っていいことなのか?」と聞くと、ドラマ化するってことだけは言っていいですよと普通に許可されたため、結局公式よりも先におおはしゃぎの作者が喜び勇んで発表することになってしまった。

その時すでに、これが喜ばしいことなのかどうかわからなくなってしまっていたが、前述通り、読者からの祝いの声が届き、やっとこれはめでたいことなのだと実感することができた。

  

やはり今年も、読者の笑顔と2兆円以外何もいらないし、私の覚醒は編集者の血と共にあらんことをと願う。

「ハクマン」第147回

(つづく)
次回更新予定日 2025-1-29

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『ゴールドサンセット』白尾悠
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