賞をとるのは「ゴールじゃない」 バッテリィズ × 『アルプス席の母』早見和真 前代未聞の《2位対談》

『M-1グランプリ2024』で準優勝したお笑いコンビ・バッテリィズ(エースさんと寺家さん)と、高校野球の世界を「球児の母」視点から描いた小説『アルプス席の母』で、2025年本屋大賞2位を受賞した早見和真さん。漫才界・小説界の“2位”同士での対談が実現しました。名門・桐蔭学園で野球をしていた早見さんと、大阪よしもと芸人による草野球チーム「上方ホンキッキーズ」のメンバーでもあるエースさんと寺家さん。3人でキャッチボールをしたあと、賞レースへの本音や創作活動について語り合いました。

 取材・文=塚田智恵美  撮影=玉井美世子


1作目は「自己顕示欲の塊のよう」

――野球経験者の3人だけあって、キャッチボールも本格的でした。

早見和真(以下、早見)
「キャッチボールは3年ぶりくらいです。普段は執筆のために引きこもっていて、屋外にいることだって珍しいんですから」

エース
「いや、いい球でしたよ」

寺家
「草野球、きてくださいよ」

早見
「勘弁してください!」

――バッテリィズのお2人と早見さんは、今日が初対面なんですよね。

寺家
「はい。エースが本を読まないのはイメージ通りだと思うんですけど、正直、僕も3年に1冊くらいしか本を読まないんですよ。でも高3のときに初めて自分で買った小説があって、それが早見さんの『ひゃくはち』だったんです」

早見
「本当ですか」

寺家
「めっちゃ印象的なフレーズがあって、なんやったかな……」

早見
「たぶん僕も覚えていないです(笑)。発売が17年前なんですが、僕にとっての1作目なので、なかなか読み返せないんですよ。行と行の間から『俺はここにいるぞ』って叫び声が聞こえるようで。今読んだら、自己顕示欲の塊のように見えると思います」

寺家
「そうですか。読んでめっちゃ泣きましたよ」

エース
「僕も観ました、映画で」

早見
「そうか、映画化すればエースさんにも届くんですね(笑)」

賞をとるのは「ゴールじゃない」 バッテリィズ×『アルプス席の母』早見和真 前代未聞の《2位対談》

賞で結果を出すのは何のため?

――先ほどもM-1と本屋大賞について熱く語り合っていただきましたが、バッテリィズのお2人はもともとM-1に強い思い入れがあったのですか?

寺家
「僕はM-1を見て芸人になったので、かなりこだわっていますね。でもエースは……」

エース
「僕はあまりないですね。ただ、M-1で結果を出さなければ売れないことは、わかっていました。全国の人たちに存在さえ知ってもらえれば売れる自信はあったので、言ってしまえばM-1は“売れるための踏み台”だと思ってます」

早見
「エースさんは売れたあと、最終的にどうなりたいんですか?」

エース
「(明石家)さんま師匠のような大人気者になりたいです」

早見
「M-1が目的なわけではなくて、人気者になる手段としてM-1がある、と捉えているんですね。僕にとっての賞も、同じですよ。というよりも『この賞をとりたくて小説家になった』という人の話を聞いたことがないです。賞をとるための小説を書いている作家の本なんて、誰も読みたくないんじゃないかとすら思います。一方、お笑いの世界はというと『M-1で勝ちたくて芸人になった』という人は多いし、真剣に賞をとりにいく姿がカッコいいと人気を集めています。同じ表現の世界なのに、この差は何なんでしょう」

エース
「僕は11年間、M-1にすべてを賭けている芸人を見ながら、ずっと不思議に思ってました。この人たち、なんでそこ(M-1優勝)が目標になってんの?って」

寺家
「M-1はいわば甲子園。甲子園に憧れて野球を始めた人は、やっぱり甲子園で優勝したいと思ってしまいがち。でもエースはそのずっと先、メジャーリーグで活躍することをイメージしているんですよね」

賞をとるのは「ゴールじゃない」 バッテリィズ×『アルプス席の母』早見和真 前代未聞の《2位対談》

「コンビというシステムが羨ましい」

早見
「エースさんが理想とする漫才ってどんなものですか?」

エース
「アンタッチャブルさんの漫才とかって、普通の会話としてありえるのに、めちゃめちゃおもろいじゃないですか。『説明ツッコミ』みたいなのは会話ではありえないので、そういう普通の会話みたいな漫才もやってみたいです」

早見
「賞をとるための斬新さを見せるような漫才ではなく、あくまでも自然な会話としてのシンプルな漫才をしたいんですね」

寺家
「僕はM-1狂いではあるけど、賞レースをただ攻略しにいくのではなく、やっぱりエースにしか言えないようなことを軸にした漫才をしたくて……」

エース
「僕らの漫才も十分、M-1攻略用でしょ!(笑)」

寺家
「ちゃうねん、俺が言ってるのは……」

早見
「2人の関係性は面白いですね。お2人がコンビでなければここまでの活躍はできないのでしょうし、エースさんが売れるための足がかりを作ってくれたのは、間違いなく寺家さん。その関係性も含めて、コンビというシステムが羨ましいです。大げんかにはならないんですか?」

寺家
「そこまでにはならないですね。やっぱりエースがピッチャー、僕はキャッチャーなので、最終的にはエースの投げたい球を投げるのが一番だなと。それに、こいつは芯がありますから。ここまで本当に心で思うことを喋ってるやつって、あんまりいないです」

早見
「そういう信頼があるんですね」

賞をとるのは「ゴールじゃない」 バッテリィズ×『アルプス席の母』早見和真 前代未聞の《2位対談》

漫才や小説執筆における「努力」って?

エース
「僕は1年目から全然変わらないです。努力もしてない。何かフレーズを考えてくれとか、最低限言われたことをやってるだけ」

早見
「芸人における努力ってなんですか?」

エース
「なんやろ、先輩や後輩と飲みに言って、トークの引き出しを増やすとか?」

早見
「でも、それを無理にやり続けたら、エースさんという人間の良さがなくなっていくかもしれませんよね」

寺家
「正しい努力の方法を探すこと自体が難しいですよね。僕の場合はツッコミをしたかったので、自分のツッコミの声を録音して、良いキーを探すとか……そういう試行錯誤そのものが、今思えば努力だった気がします」

早見
「方法から『考える』ということですね」

寺家
「小説の世界でも、何が努力になるか、簡単にわからないんじゃないですか?」

早見
「そうなんです。パソコンの前に1時間座って、原稿用紙5枚分書けるときもあれば、20時間も座ってたった2行しか書けないときもある。傍目には20時間パソコンの前に座っているほうが、頑張っている気がするでしょう? でも結果は2行ですからね。さくさく5枚書けるほうが偉いんじゃないかって思いつつ、実際には僕は、長考しているほうが多いですね」

――小説と漫才、違うフィールドで頑張るお互いに向けて、エールを送っていただくとしたら?

早見
「M-1に対する複雑な思いをいろいろと聞きましたが、お2人がそれでもM-1に挑み続けるのならば、僕も応援します。そういえば僕は何か賞をもらうたびに、誰かから名前の刺繍の入ったグローブをいただいているんですよ。(持参したグローブを2つ取り出して)こっちは高校の野球部の先輩だった高橋由伸さんにいただいたもの。こっちは新潮社から。なので、お2人がM-1で優勝したら、僕から刺繍入りのグローブをプレゼントします」

エース
「まじすか。どうしよ、グローブ目当てで頑張ることになってしまう(笑)」

早見
「僕の場合、そうやって何か目標をつくることが励みになるんです。逆に僕が今度何か大きな賞をとったら、飲みに連れて行ってください(笑)」

寺家
「連れてくなんてとんでもないです。ご飯、行きましょう」

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『アルプス席の母』
著/早見和真

『アルプス席の母』特設サイトはコチラ


バッテリィズ
エース(1994年11月生まれ、大阪府出身)と寺家(じけ/1990年8月生まれ、三重県出身)によるお笑いコンビ。NSC大阪36期。2017年10月15日結成。エースがピッチャー、寺家がキャッチャーとして、同じ草野球チームでバッテリーを組んでいたことからバッテリィズというコンビ名に。『M-1グランプリ2024』で決勝に初進出し、準優勝。

早見和真(はやみ・かずまさ) 
1977年7月生まれ、神奈川県出身。桐蔭学園高校時代に硬式野球部に所属。大学在学中からライターとして活躍し、2008年『ひゃくはち』で小説デビュー。2014年刊行の『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞、2019年の『ザ・ロイヤルファミリー』でJRA賞馬事文化賞と山本周五郎賞を受賞。

 

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