ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第152回

「ハクマン」第152回
適性がない仕事は
3日以内に辞めるのが
最善である。

新年度になった。

そこから書くことがなさすぎて2時間が経過した。

この時期になるとXに大量に流れ来る「新社会人に向けたアドバイス」が鼻につき運よく花粉症を逃れている私の副鼻腔が時間差で破壊されるのだが、もはや若人に伝えたいメッセージを持っているだけでも偉い気がしてきた。

アドバイスがあるにしてもそれを直接部下や後輩に言わずにXに5ツリー以上で投稿する人望以前に国語力がない中年にはならないぞと思うかもしれないが、それはまだ上澄みも上澄みであり、その下には何もしないまま数時間、時には数十年経過してしまっているおじさんやおばさんがたくさんいると思って欲しい。

しかし、若人とて負けてはいない、新年度になってはりきり出すパイセンの長文に対し「会社辞めて来た」と完璧なアンサーつぶやきをしている新社会人アカウントも少なくないのだ。

詳細は何もわからないが「4月3日」という日付の時点で様々な情景が目に浮かびすぎる。

やはり言葉は多ければ良いという物でもない、漫画家だって冨樫義博レベルにならない限りは「吹き出し内の台詞をもう少し減らせ」と編集に言われ続けるのだ。

あの天狗の面の人も若の判断の早さを評価するだろうし、逆に「話が長い」とぶん殴られるのは老の方である。

このように、新しい漫画のことをXに流れてくる切り抜きコマでしか知らず、それすら若干古いのもX中年の特徴であり、「こうなるべきではない」というのだけは断言できる。

SNSに流れてくる情報は全て断片であり、「あの人気アイドルが連続絶頂」など、刺激的な見出しのニュースをクリックして全文を読んだら全くそんな内容ではなく単発絶頂すらしてないというのはよくある話だ。

「4月3日に新卒で入った会社を辞めた」は事実かもしれないが、それも長い人生の一瞬でしかない。

その一瞬だけ見て、人生詰んだとか判断してくるのは、全文すら読まず見出しだけで連続絶頂を信じて疑わない人の言うことなので気にしなくて良いし、何より自分自身がその断片だけで自分の人生を判断してはいけない。

しかし、人生自体が瞬間の集合体とも言えるし、壮大なストーリーにも必ず始まった瞬間というものがある。

こち亀の連載期間40年、単行本200巻という歴史も1976年の第1回掲載という瞬間あってのことだ。

つまり、学校卒業後、入った会社を3日で辞めたことが、その後40年続く壮大なひきこもりヒストリーの第1日目になる可能性もあるので、悲観しすぎはダメだが楽観もよくない。

逆に言えば、その後どう動くかで、記憶にも残らない躓きになるか、ひきこもり大河のプロローグになるかが変わって来るのだから、やはりその一瞬で何かが決定するということはない。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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