ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第156回

「ハクマン」第156回
ドラマが無事完結した。
私はとにかくなにかが
起こるのを恐れていた。

正直、放送前に見せてもらったドラマの出来はとても良く大満足だったのだが、何せ大筋は自分が考えた話なのだ、いくら一流の衣装やスタイリストを揃えても「着てるのが自分」の部分が変わらない限り「やはり世に出すのはやめた方がいいのでは」という気持ちを消すことはできない。

そんなわけで、何度も言っているが、放送2週間前から下痢が止まらなくなり、前日嘔吐、放送10分前まで酒を飲んで昏倒していたのだが、結果からいうと私が危惧したレベルの炎上や猛批判は起きなかった。

その途端、私がXで饒舌になりはじめ「原作者がSNSで余計なことを言って炎上」という、核時計の針が高速回転しはじめてしまった。

自分でもこんなにわかりやすくはしゃいでしまっていいのかと思ったが、この状況ではしゃがなかったら、この先目の前にビヨンセのケツが現れてもはしゃぐことはないだろう。

この年になるとこれ以上のイベントは「誰かの葬式」以外起こらないのだ。

あまりのはしゃぎぶりに、その内「自重しろ」と三国無双みたいな怒られ方をするのではないかとも思ったが、余命3日の奴が好きなものを食いたいと言っているのを止めるぐらい野暮と思われたのか、何も言われなかったし、むしろ関係者に「宣伝活動ありがとうございます」と言われるのが恥ずかしかった。

終わってみれば、私はもちろん、ドラマ規模に対して少なすぎる、原作読者も概ね満足してくれたように見えたし、多くの原作のことなんかミリも知らないが、とにかく演者が好きだぜという人たちにも喜んでもらえたような幻覚が見えた。

一言でいうなら「あとは私に大金が入ってきてくれていれば言うことなし」な結果だ。水木しげる先生なら「それは全部ダメってことじゃないか」と言い出しそうだが、私にとっては十分である。

もちろん1円の得にもならなかった、などというつもりはない、だがもし巨万の富を得ていたら、もうこんな原稿は書いていない。

どうやらこれまで通り、労働をしていかなければいけないようなのだが、何せ満足度が高すぎて、冒頭言った通り虚脱が訪れてしまっている。

完全に走馬灯の映像撮影は終了してしまったので、普通ならばここで現世という現場を撤収のはずであり、まだここに残って何かやれ、と言われているのが不思議でならない。

「ハクマン」第156回

(つづく)
次回更新予定日 2025-9-10

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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