ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第59回

ハクマン第59回私は妬み嫉みを擬人化した存在だ。
同業者とはあまり
かかわらないようにしているが…。

私は漫画家だが、漫画家とは極力関わらないようにしている。

漫画家と関わると会うたびに物が2、3個消えるとか、そういう話ではない。

私はそもそも、妬み嫉みを擬人化した存在である。
これがソシャゲとかだったら、ヤキモチ焼きの美少女にデザインされるのだろうが、現実は厳しい。

私は人のサクセスは総じて嫌いだが、「嫉妬」という感情は自分と立場が近しい人間に特に起こりやすいのだ。

金の鎖かたびらみたいなドレスを装備してレッドカーペットを歩いているアメリカンセレブを見ても「防御力高そう!」と素直に感嘆できるが、ひたち海浜公園で一人、髪をかきあげながら歩いている同年代の女の写真をインスタで発見したら「そのネモフィラ全部ゴジアオイにならねえかな」と思ってしまったりするのだ。

よって私もテレビで金メダリストが映ったからと言ってチャンネルを替えたりはしない。今まで一度もスポーツで脚光を浴びようなどと思ったことがないからだ。ただし、自分と同程度の運動能力と思っていた奴が体育で「ベリーロールの型がキレイ」と褒められていたら若干イラッとくる。

つまり「同業者」である漫画家のことは余計妬みやすいのだ。
ただでさえ基本値が高いのに、同性、同世代、デビュー時期、掲載誌、ジャンルなど、共通点が多いほど加点されていき、一定を超えると会った時点で「今のうちに利き手の筋を断っておこう」という気になってもおかしくない。

ただ「嫉妬心」というのは作家にとって必ずしも悪い感情というわけではない。
漫画の神と言われる「手塚治虫」だって、嫉妬心の強い人物だったと言われている。

このように、何かと漫画家の言い訳に便利使いされるのが手塚治虫という存在である。神になるのは楽ではない。
ちなみに、締め切りが近いのにあえて寝る時の言い訳に使われるのは「水木しげる」である。そして、背景を描くのが面倒で、とりあえず周囲を爆破したい時に登場するのが「鳥山明」だ。

冨樫義博は使えそうで全く使えない。
このようにパイセン方が道を切り開いてくれたおかげで、現代の漫画家は言い訳のレパートリーに事欠かなくて良いのだが、大体「○○ぐらい面白い漫画を描いてから言え」で論破されるのが欠点である。

ただ、手塚治虫の嫉妬心というのは「このぐらい自分にでも描ける」と豪語して、本当に描いたり少なくとも描こうとしたりと、常に相手の上を行こうとすることに使われていた。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『胸が鳴るのは君のせい』著/豊田美加 原作/紺野りさ 脚本/横田理恵
◎編集者コラム◎ 『私の夫は冷凍庫に眠っている』八月美咲