ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第85回

ハクマン第85回
背中に著書、腹にダイナマイト持参で
県庁を表敬訪問するぐらいの
営業努力は必要だろう。

幼少期に HiGH&LOW を見て「EXILE グループに入りてえ」という大志を抱いても、まずチャリ圏内に EXPG スタジオがあるかどうかで差が出る。

近くにあるなら、あとは親にそこに通わせる経済力、そして子供のエグザイりたいという夢を応援する寛容さがあるかだけなのだが、これだけでもハードルが高い。

だが県内になかったとしたら、県外のスクールに通わせるという親の更なる経済力、寛容を超えて「なんとしてでも我が子を EXILE にしたい」という熱意が必要であり、そこまで揃うことはなかなかないだろう。
高校を卒業する頃になれば、自らの力で勉強をすることもできるが、やはり幼少からやっていた人間とは差がつくし、特に今の芸能界はデビューが早いので、そこからでは遅いということもある。
もちろん努力次第で不可能ではないが、環境が揃っていた人間より大きな努力が必要になってしまう。

片や漫画家というのは「幼稚園から漫画スクールに通っていた」という無頼漢はほぼいない。
最近は漫画専門学校も増えてはきているが、それすらマストではなく、少なくとも学校に行ってないから新人賞に入れなかったり、アシスタントを断られるということもなく、経歴はどうあれ描ければ漫画家にはなれる。

逆に言えば漫画家というのは、なれなかった言い訳をことごとく潰されている職業とも言える。
EXILE であれば「あの時母ちゃんが人妻デリに行ってでも俺をスクールに通わせてくれていれば」という、言わない方がマシな言い訳を言うことができるが、漫画は独学でデビューしている人がたくさんいるし、どこに住んでいてもできるので「家の都合で地元を離れられなかったから」という言い訳も無効である。

私も漫画家になると言って、デザイン系専門学校に行き、結局クリエイター系の職業にすらつかず、長らく子供部屋おばさんをやっていたので、その間どんな言い訳をしていたのか、思い出そうとしてみたが、そもそも言い訳をした記憶がない。

なぜなら誰も「そういや漫画家になる夢はどうした」と聞いてくれなかったからだ。
その時すでに、ただ社会に出るのを2年遅らせるためだけに、特にビジョンもなく専門学校に行った奴と思われていたのだろう。

言い訳が必要な痛い質問も、される内が華である。

ハクマン第85回

(つづく)
次回更新予定日 2022-6-25

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『壜のなかの永遠』ジェス・キッド 訳/木下淳子
降田 天『さんず』