滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 特別編(小説) 三郎さんのトリロジー①
三郎さんという用務員のおじさんがいた。
わたしは窓越しに、よく三郎さんを見ていた――。
弁当を平らげると、三郎さんは、庭の隅にある水場で歯を磨き、ホースの水を口に入れると、カエルが鳴くみたいにガロガロとうがいをしてから、足元にぺっと吐き出し、手の甲で口を拭いた。そしてまた庭石に腰を下ろすと、桜の木を見上げて、タバコを1本、やけどするぎりぎりまで吸うのだけれど、ほうっと煙を吐くときの三郎さんは、とても気持ちよさそうに見えた。
空っ風が吹き荒れて、底冷えのする真冬日のことだ、まゆが風邪を引いて寝込んだので、日曜学校へひとりで出かけたことがある。まゆを迎えに行かなくてすんだ分、かなり早く着いてしまって、教室はまだ開いていないかと思ったけれど、中には神父さんと三郎さんがいた。そして、神父さんは三郎さんを頭ごなしに?っていた。何を?っているのかはよくわからないけれど、神父さんはこめかみを震わせて怒っていて、三郎さんは頭をたれ、涙をびしょびしょ流して泣いていた。大人であんなに派手に泣く人は、それまでも、そしてそのあとも見たことがない。
なんだか教室に入れない雰囲気で、仕方ないから庭の方に回って時間をつぶしていると、間もなく三郎さんが自転車の車輪を抱えてやって来た。何をするのかと思ったら、チューブを外して池に浸(つ)け、パンク穴を探し始めた。薄い氷が張っている池の水は冷たいに違いない、あっちでもないこっちでもないと水中でチューブを回しているうち、三郎さんの手は真っ赤になっていった。
「三郎さん、冷たくないの」と訊(き)くと、三郎さんは、驚いて顔を上げ、くしゃっと顔を崩して、首を横に振った。手が真っ赤になっているぐらいだから冷たくないわけがないのに、と思ったけれど、そろそろ日曜学校が始まりそうな気配だったので、教室に戻った。そして、神父さんがお説教をする間、窓越しに三郎さんを見ていた。三郎さんにとってはお昼の時間だったはずだけれど、三郎さんは、ずっとパンクの修理をしていた。
三郎さんは、言われたことは言われたまま、黙々とマメにこなす人のようだった。根っから真面目で、機転が利かないから、風がビュンビュン吹き荒れているときなんか、風が止(や)むまで待てばいいものを、掃いても掃いても飛び散っていく枯れ葉と格闘していたこともある。三郎さんは、風が吹き抜けて、せっかく作った枯れ葉の山をあたり一面に飛び散らせていくたびに、クマデを止め、空をうらめしそうに見上げるのだった。
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