滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第7話 カゲロウの口⑤
ミスター・アロンソンは今ごろ、
答えが得られて納得しているに違いない。
「もう読む本がなくなったから、すぐに送ってくれ」と催促されて送った最後の便が着いたかどうか心配だったけれど、USPSのサイトで追跡したら、亡くなる3日前に届いたことがわかった。読めはしなかったろうけれど、本がどっさり届いたことで一瞬でも喜んでもらえたろうから、ちょっとうれしかった。
ペルーからモンテビデオに飛んで、アパートに積み上げられたホロコーストの本を見たデニスは、「よりにもよって何であんな暗い本を読みたがったんだろう、ますます気が滅入(めい)るだけなのに」と言ったけれど、ミスター・アロンソンにとって、明るいこと楽しいことは余計に自分の惨めさを際立たせるだけで、逆効果だったのだ。ミスター・アロンソンは、耐えがたきを耐えて生きながらえたホロコースト生存者と共感して、何らかの慰めを得たかったのだろうと思う。あるいは、もっと単純に、自分より惨めな人の話を聞いて安心したかったのかもしれない。
父さんの人生をどう思う、いい人生を送ったと思うかい、とデニスに訊かれたが、そんな究極の質問をされても困る。精神病にかかった奥さんと別れ、長男が飛び降り自殺し、と、それなりに苦難があるにはあったけれど、だれの人生にも山もあれば谷もある、でも、いい人生というのが幸せな人生という意味だったら、ミスター・アロンソンは、あの性格だから、なかなかそういうわけにはいかなかったろう。
デニスに教えてもらったユダヤ教の慣習に則(のっと)って、花束を買って川に流しに行った。その日のニューヨークは、どんよりした灰色の冬空が広がっていた。イースト河の河畔では、この天気の悪い日に釣りをしている人がいて、花束なんか投げたら釣りの邪魔にならないかとちょっと心配もしたけれど、思いっきり遠くに投げてから冥福を祈った。花束は、陸に戻りたいかのように何度も岸に近づきながら流されていった。
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