滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第2話 星に願いを④
ジュリアの必死の看病もむなしく……。
ジュリアがこんなことを言うたびに、「幸太は、まさかこんなになるなんて思ってもみなかったのよ、高血圧の人から聞いたんだけれど、エネルギッシュに感じてて自分は病気だって認識はなかったって言うから、幸太も、気分が悪くないのに薬をのむなんて、病気に負けるみたいな気がしたのかもしれない。もしこんなことになるとわかっていたら、ちゃんと薬をのんだはずだわよ」と答える。
それでもまたしばらくしてから、ジュリアは同じ質問をする。何度、同じ質問と同じ答えを繰り返したかわからないのに、それでも、ジュリアは訊き続ける。本当にわたしのことを愛していたなら、もっと自分の健康に注意して、わたしの言うことを聞いて薬をのんでいてくれたはずだわよ、ね、そうでしょう、あなたもそう思うでしょう……
寝たきりの幸太は、だんだん気力がなくなってきている。薬漬けになって寝ているだけの毎日を何年も何年も続けられるわけがないのだ、体のいろんな機能が萎えていって、幸太の体は衰弱していく一方だ。外へ車椅子で出かけようと誘っても、最近、首を横に振るようになった、とジュリアは言う。コミュニケーションを取る努力をしない日もある。
だから、とうとうジュリアは幸太に問いかけた。いつまでエネルギーがもつか。エネルギーがいつまでもつかということは、いつまで生きていられるかということだ、そんなことをストレートに訊くなんて、衰弱していく幸太を目にして、ジュリアはもういてもたってもいられなかったのだろう。
「春なの、夏なの、と訊いていって、秋、と言ったときに幸太はうなずいたのよ、ということはあと半年と少しってことよ」
ジュリアは、はあっと息を吐いた。幸太がいつの日か目覚めなくなったあと、日本に残るかアメリカに戻るかで、ジュリアは悩んでいる。
「幸太は、アメリカに戻れ、と言うのだけれど。あなたもそう思う?」
ジュリアは、どれだけ日本にいても日本語がうまくしゃべれないし、だから、日本で心の中を打ち明けられる友達もできないし、そしてまた日本人の風習や考え方にも同化できなくて、トンチンカンなことばかりしている。考えてみれば、ジュリアが我を張るのも、異国の地でよくわからないことに囲まれているせいで、自分を無理にでも押し通さなければやっていけないのかもしれない。
そんなジュリアだから、幸太の言うように、幸太のいなくなったあと、母国に戻るのがベストなのだと思う。ジュリアがジュリアのまま自然に生きていけるアメリカに。
「じゃ、アメリカのどこへ行ったらいいの?」
「どこでもいいのよ、自分の国なんだから、自分の好きなところへ行けばいいのよ。お兄さんのいるウエスト・コーストでも、長いこと住んでモニカや友達のたくさんいるワシントンでも、お母さんがいたフロリダでも、生まれ育ったオハイオでも、それとも」いつの間にか、自分の好きな街の名前をずらりと挙げていた。「チャールストンでも、オースティンでも、ボストンでも、ランカスターでも、アトランタでも、シアトルでも──」
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