河治和香『ニッポンチ! 国芳一門明治浮世絵草紙』
江戸っ子とは馬鹿の代名詞なり
……と、川口松太郎は書き残している。この言い回しが大好きだ。江戸っ子というと、粋だいなせだというけれど、江戸っ子の神髄はこの〈大まじめな馬鹿馬鹿しさ〉にあるのではないかと思う。
河鍋曉斎という別名〈画鬼〉と呼ばれた画人が今回登場するが、この人は酒乱の気があって、ある時など「籠脱け」(という見世物が当時あった)と称して、座敷から障子を蹴破って(縁側に着地する予定が)庭に転がり落ちたことがあったという。実話なので連載当初はそのまま書いたが、さすがに馬鹿馬鹿しすぎるので単行本にまとめるとき削ってしまおうかと悩んでいたら、ある人から、「あのエピソードが好きなんです。なんだか……いとおしい」と言われて、そうかもしれないと残すことにした。曉斎は〈この手に描けぬものなし〉とも賞された人だけれど、〈芸術家〉然とふんぞり返るわけでもなく、朝になって酒が抜ければ別人のようにせっせと観音様を毎日かかさず描くという職人気質の〈町場の絵師〉で……そっちの方がよっぽど人物としては凄味があるのかもしれない。
昨年、中山義秀文学賞と舟橋聖一文学賞と立て続けに文学賞と名のつくものをいただいてびっくりした。自分の書いているものが〈文学〉とはとても思えず、「では何を書いているのだ?」と問われれば……なんだろう? 〈読み物〉だろうか。暇つぶしに読むような。
自分の書いた文字がはじめて活字になったのは『キネマ旬報』だった。城戸賞の受賞作の掲載で……それから何本か映画のシナリオを書いた。バブル絶頂期のアイドル映画と呼ばれるもので(主演の菊池桃子や三船美佳が今も世間を賑わせているのを見ると本当に感慨深い)、舞台挨拶のある初日だけがお祭りのような大入りで翌日からはガラガラという映画自体は箸にも棒にもかからないものだけれど、劇場で(失笑も含めて)笑い声が上がるとうれしかった。今も私はどこかで、あの気分を引きずっているのではないかと思う。
今回、浮世絵の話なので画像が挿入されている。章扉には明治のフォントを使ったりしてちょっと工夫してもらった。こういうことをすると文学とはまたかけ離れた存在になってしまうかも、と不安にもなったけれど、やっぱり少しでも楽しく読んでもらいたいなぁ、面白がってもらえるといいなぁ、と思って。
気楽に読んでいただけると、うれしい。
河治和香(かわじ・わか)
東京都葛飾区柴又生まれ。日本大学芸術学部卒。CBSソニー、日本映画監督協会に勤務。2003年、『秋の金魚』で小学館文庫小説賞を受賞してデビュー。18年刊行の『がいなもん 松浦武四郎一代』が、北海道ゆかりの本大賞、中山義秀文学賞と舟橋聖一文学賞を受賞。他に「国芳一門浮世絵草子」シリーズ(全五巻)、『鍼師おしゃあ』『どぜう屋助七』『遊戯神通 伊藤若冲』など。