スピリチュアル探偵 第3回

スピリチュアル探偵 第3回
探偵が飲めば霊能者に当たる。
ついに本物か?
京都からやってきた出張霊能者!


なぜ先祖供養が必要なのか

 仕事部屋の書棚の奥から家系図を引っ張り出し、リビングのテーブルの上に広げます。しばらくそれを、「ほうほう」、「なるほど」と言いながらまじまじと眺める先生。

 そして、家系図の中からある人物の名前を見つけると、「おや、これは……」と反応しました。実はうち、あの東条英機の親戚にあたるらしいのです。

「血はつながってないんですけどね。親父は子供の頃、よく東条家の庭で遊ばせてもらっていたようです」
「なるほど、やっぱりそうですか」

 さして近い関係ではないものの、東条英機の親戚筋であるというのは話の種になりそうだと、実家から家系図を持ち出してきたのが数年前のこと。まさか、こういう形で役に立つ日が来るとは。でも、何が「やっぱりそう」なのかはわかりません。

「ほら、父方の2つ上のところに、○○という姓があるでしょう。これは古来から政の舵取りをしてきた一族の名前なんです。さらにこっちの△△という姓、これは巫女の家系ですね。あと、この□□という姓ですが……」

 親戚とはいえ他人の家柄も含む話なので、具体名と詳細は伏せますが、先生はノリノリで我が家の家系図を読み解いていきます。霊的な話ばかりではなく、この先生は日本史や古代史にもかなり精通しているようで、日本人の姓に関する薀蓄の数々はかなり聞き応えがありました。

 そして家計図トークの締めに、先生からこんなアドバイスが。

「ご先祖様というのは、子孫が存在を覚えていて、いつまでも声をかけてあげることで力を増すもの。つまり、先祖供養をちゃんとして、毎日感謝の念を捧げている人は、強い力で護ってもらえるんですよ」

 ディズニー映画の『リメンバー・ミー』でも似たような霊界システムが採用されていましたが、この先生の発言はそれよりずっと前のもの。守護霊の存在を信じているわけではないものの、個人的にこの考え方は嫌いではありません。

「できればこの家計図、額装して部屋に飾っておくといいですね。そして毎朝、ここに記載されている方のお名前を、端から順に読み上げながら手を合わせる。それだけで強いサポートが受けられるはずですよ」

 家計図の登場で思いがけない方向に盛り上がったこのセッション、気がつけばあっという間に2時間が経過していました。

 ちなみにこの先生は時間あたりいくらという料金設定ではなく、2万円で時間が許すかぎり相手をしてくれるというスタンス。本物かどうかはさておき、十分に元は取れたように思います。丁重に礼を言いながらお見送りして、セッションは終了となりました。

 ちなみにこの話には、ちょっと不思議な後日談があります。

夜更けのバーでの不思議な体験

 1週間ほど経ってから、僕はお礼を兼ねてTさんのバーを訪ねました。

 最初のうちは「やっぱり先祖供養は大切だねー」などと他愛のない話をしていたのですが、他の客がはけた後、Tさんが「そうだ。ちょっと面白い実験をさせてください」と切り出しました。

 いったい何が始まるのかと興味深げに眺めていると、Tさんは棚からジャックダニエルのボトルを2本、取り出しました。言わずと知れた、テネシー・ウイスキーの代表的銘柄です。

 そして一方をショットグラスに少量注ぎ、「まず、こちらをAとします」と僕の右側に置きます。さらに、もう一方を別のショットグラスに注ぎ、「こちらはBです」と、今度は僕の左側に置きます。

「何も考えずに、飲み比べてみてください」

 僕は言われるままに、まずAのほうから手にとって、一口含みます。勝手知ったるジャックダニエルの風味。別段、変わったことはありません。

 続いてBのほうを一口。やはり、香りも味もいつものジャックダニエルとおな……んん?

「こっちのほうが落ちついてますね。すごくまろやかな感じがする」

 するとTさんは「でしょう?」とニヤリ。

「でもこれ、どちらもまったく同じ時期に仕入れた同じ商品なんですよ。製造年もほぼ一緒ですし、もちろん保存状態も変わりません」

 開栓時期の差による、微妙な劣化の違いかと思いましたが、そうではないわけです。でも、それぞれ2口目を含んでもう一度入念に比較してみましたが、やはり風味ははっきりと異なっている。どういうことなのか?

「秘密はこれです」と言いながら、Bのボトルをすっと持ち上げるTさん。すると、そのボトルの底面に小さなコースターのような紙が貼り付いています。

 Tさんがぺりぺりと剥がしてこちらに向けたその紙には、サインペンらしきもので奇妙な紋様が描かれていました。

「これ、例の先生が以前いらしたときに作ってくれたものなんです。突然、『何かペンある?』と言うのでごく普通のマジックをお渡ししたら、ポケットから取り出した小さな紙にいくつかこの紋様を描いてくれて。お酒や食材の下に敷いておくと美味しくなるというので、ここ何カ月かあちこちにこっそり挟んでいたのですが……、本当に味が変わったのでびっくりしているんです」

 うーん、これは不思議体験。プラシーボ効果で説明がつくような、曖昧な差ではありません。何より、バーテンダーとしてかなりの実力派であるTさんの味覚に、僕は全幅の信頼を寄せています。そのTさんを唸らせる違いが、2つのジャックダニエルの間に生じているのです。

 ササッと走り描いただけの、落書きのような紋様なのに、懐かしのピラミッドパワーのような効果が宿っているこの事実。Tさんは他のお酒やフルーツでも同様の比較実験をしてみたそうですが、やはり味に明確な差が発生したと言います。

 ちなみに先生は、「出されたお酒がどうしても口に合わないとき、こっそりこうしてお札を描いて、コースターの下に入れてるんです」と言っていたのだそう。まるでラーメンに胡椒やにんにくを足す感覚で霊能力を駆使する先生。……この人、本物だったのかも。

 これ以来、マンションの自室を出るとき、エレベーター前に何か見えやしないかとびくびくしている僕なのでした。

(つづく)

 


「スピリチュアル探偵」アーカイヴ

友清 哲(ともきよ・さとし)
1974年、神奈川県生まれ。フリーライター。近年はルポルタージュを中心に著述を展開中。主な著書に『この場所だけが知っている 消えた日本史の謎』(光文社知恵の森文庫)、『一度は行きたい戦争遺跡』(PHP文庫)、『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』(ともにイースト新書Q)、『作家になる技術』(扶桑社文庫)ほか。

岡口基一『裁判官は劣化しているのか』/タブーなき判事の、内部からの情報発信
◎編集者コラム◎ 『おたみ海舟 恋仲』植松三十里