スピリチュアル探偵 第7回
出会いは、僕がスピリチュアル探偵を目指す前のことだった。
僕がヨーロッパとご縁がないワケ
こうしてスピリチュアル探偵稼業に取り組む上で、前世や守護霊というのは、実はなかなか厄介な題材です。なぜなら、本人が「視える」と言うものを否定しようがありませんし、真相を確かめる術などないからです。
いくら「あなたの前世はどこそこ藩の侍だった」とか、「2人は前世でも夫婦だったんだよ」とか言われても、答え合わせのしようがないので言った者勝ち。実際、スピリチュアル系の占い師の大半はこの手合いでしょう。
オバハンは機嫌よくビールを喉に流し込みながら、僕の前世について熱弁を振るっています。
「あんたがあまりパンを食べないのは、前世の反動やと思うわ。もう一生分、食べたんじゃない?」
そう言ってオバハンはキャハハと笑いますが、何が面白いのかさっぱりわかりません。それでも露骨に冷めた顔をしなかったあたりに、当時の僕に20代相応の可愛げを感じます。
「あんた、ヨーロッパなんて行ったことないやろ? 行こうとも思ってないはず。それも完全に前世のせいやで」
貧しい20代の青年にとり、ヨーロッパ旅行はいかにも敷居が高い。でもそれは金銭的な理由です。
「たしかにヨーロッパには行ったことないですけど……。僕、前世で何をやらかしたんすか?」
「ようわからん。でも、最後は銃で打たれて死んでるんよ、あんた」
そう言って、またケタケタ笑うオバハン。なんでパン屋が銃殺されるんだよ……。もう帰りたくなってきたので、終電を理由に切り上げようと腕時計を見ましたが、時刻はまだ22時前。何か他の離脱理由を捻出しなければなりません。
僕はおじいちゃんと飼い犬に守られているそうです
「要は、僕はヨーロッパでひどい目にあってるから、現世でも無意識に近寄らないようにしてるってことですか?」
うまい言い訳が思いつかず、やむを得ずオバハンの妄言に付き合う僕。
「そうそう。案外残るんよ、そういうイメージって」
「ちなみにオバハンは(注:実際にはちゃんと名前で呼びました)、前世は何者だったんすか」
「私? 私はお姫様に決まってるやん。シンデレラ城みたいな大きなお城で優雅に暮らしてたに決まってるわよ」
そう言ってギャハハと笑うオバハン。シンデレラ城といえば、ドイツのノイシュヴァンシュタイン城がモデルとされていますが、これは19世紀に建てられた比較的新しいお城だったはず。しかも大部分が未完成で、とても住めたものじゃなかったと聞いたことがあるのですが……。
「ちなみに前世以外には何が視えるんですか」
「守護霊とか」
「それはやっぱりご先祖様なんでしょうか」
「そうね。あんた、昔よく可愛がってもらってたおじいちゃんが憑いてるで」
「へえ、それはありがたいっすね」
ここは"憑いてる"ではなく"付いてる"とすべきな気もしますが、まあそれはそれとして。この時点では母方の祖父はまだ健在で、もし本当に後ろにいるとするなら、父方の祖父ということになります。
「西のほうの人やろ? メガネかけてるわ」
「西といえば西ですね。九州なんで。メガネもかけてました」
「やろ? ほら当たった」
「姿が視えてるんですか?」
「というより、ビジュアルのイメージがなんとなく入ってくる感じ。頭、ハゲてるな」
「そうすね、かなり薄かったです」
「ほら当たった」
祖父はよくある一般的なおじいちゃん像を地で行く風貌でしたから、当たっても別に不思議はないと感じたのが正直な胸の内。それよりも、尊敬する祖父をイジられているようで、だんだん不愉快になってきました。
「あ、それと。犬もおるね」
「犬? うちで飼ってた子ですか」
「そうやと思う」
「犬種は何です?」
化けの皮を剥がしてやろうとの思いから、つい詰問口調になってしまいました。するとオバハン、「私、犬に詳しくないから、種類はようわからん。でもなんか茶色い子よ」などと曖昧なことを言います。
友清 哲(ともきよ・さとし)
1974年、神奈川県生まれ。フリーライター。近年はルポルタージュを中心に著述を展開中。主な著書に『この場所だけが知っている 消えた日本史の謎』(光文社知恵の森文庫)、『一度は行きたい戦争遺跡』(PHP文庫)、『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』(ともにイースト新書Q)、『作家になる技術』(扶桑社文庫)ほか。