辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第12回「賞をもらって子育てをお休みした話」
子育て中の著者が
ワクワクした出来事とは?
そのお祝いの〝デート〟を、大藪賞の受賞にかこつけて行うことにした、というわけだ。前々から夫婦で行きたいと話していたお店が実家の近くだったため、今回はベビーシッターではなく実家の母に子守を頼み(ありがとうお母さん!)、2時間でランチに行って帰ってきた。
11月に息子が生まれて以来、夫婦2人きりでの食事は初めてだった。子どもたちは目に入れても痛くないくらい可愛くて、心から大好きだけれど、子育て中は何かと自由が利かず、忙しくて疲れが溜まることもある。特別な日だけでもいいから、こうして大人だけの時間を持つことは、雰囲気のいい家庭を“運営”していくためにも、実は重要なことなのではないか──。ファミレスやフードコートなどでは出てきそうもない繊細な味の料理を食べながら、そんなことをちょっぴり思った。
「お休み」は、まだまだ続く。
夫との〝デート〟の翌日、ベビーベッドで寝ている息子を夫に任せ、娘を外に散歩に連れ出した。近くの公園ではなく、最寄りのスタバまで足を延ばし、抹茶ティーラテを購入。それを飲みながら広場で走り回る娘を見守り、帰りにはケーキ屋さんに寄ってシュークリームを1つだけ買った。
……そう、すべては自分のために。
子どもを遊ばせることが主目的ではなく、あくまで私が楽しむための散歩。最低だけど最高だ。周りからどう見えたかは知らないけれど、このやりたい放題のお散歩は、自分へのささやかなご褒美だった。お母さんだって人間なんだから、いいことがあったときは、別にこういうことをしたっていいよね? ……ね?
と、ひとしきり欲望を発散させたところで、大藪賞受賞を口実とした私の「休憩」は終わりを告げた。途中からは完全に自己満足になっていたけれど、全部ひっくるめていい思い出だ。
そうだ、あともう一回、「お休み」のチャンスがある。
3月上旬に行われる予定の贈賞式だ。子どもたちも一緒に出席するものの、その日私は忙しく動き回らなければならないだろうから、会場での2人のお世話は夫や両親にお願いすることにしている。
第1子である娘が生まれる直前、「子どもが生まれたら、自分が主役の人生はもう終わりだからね」と、母がしみじみと言っていたことを思い出す。
深い言葉だ。実際、そのとおりだと思う。写真フォルダには子どもたちの顔がずらりと並んでいるし、誰と会っても子どもたちの話ばかりしているし、起きる時間から寝る時間まで、子どもたちの生活リズムに合わせているし。専業主婦だった母ほどでないかもしれないけれど、もはや自分は脇役のつもりで子育てに勤しんでいるのは、私も同じだ。
──でも。
贈賞式の日だけは、ちょっとだけ、主役に戻らせてね。
そんなことを、まだ何も分かっていない子どもたちに、そっと囁きかけてみたりする。
(つづく)
東京創元社
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。