辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第12回「賞をもらって子育てをお休みした話」

辻堂ホームズ子育て事件簿
祝・大藪春彦賞受賞!
子育て中の著者が
ワクワクした出来事とは?

 2022年2月×日

 大藪春彦賞、をいただけることになった。

 同じ『このミステリーがすごい!』大賞出身の先輩方が多く受賞や候補入りしていることもあり(東山彰良さん、柚月裕子さん、乾緑郎さん、深町秋生さん)、ミステリー作家を名乗る者の一人として以前から密かに憧れていた賞だ。選考結果を知らせる電話がかかってきてから1週間が経ったけれど、なんだか未だに落ち着かない気分でいる。

 受賞したのは、昨年9月に東京創元社から刊行した『トリカゴ』という作品だ。無戸籍問題をテーマに据えた警察小説であるものの、主人公は1歳の娘を持つ32歳女性刑事という設定で、子育ての話もちらほら出てくる。その一つ前に刊行した『十の輪をくぐる』(小学館)も子育てを主要なテーマの一つにしていて、そういう意味では両作品に共通点があるようにも思えるのだけれど、この連載の初回のエッセイで述べたように、『十の輪をくぐる』はまだ子どもがいない頃に取材や想像を重ねて書いた小説だ。一方の『トリカゴ』は、第1子出産後に初めて執筆した単行本。知らず知らずのうちに、自分自身の子育てが反映される形になったのではないかと感じている(ちなみに、何かと楽観的な私だけれど、自身初の警察小説であるこの作品にいよいよ取りかかる覚悟を固めるまでには、さすがに産後半年以上かかった。作品の舞台である蒲田の街を、抱っこ紐に生後7か月の娘を入れて延々と歩き回ったのが今では懐かしい)。両作品を読んだ方は、もしかすると子育て描写の変化に気がつくかもしれない。……というのは私の考えすぎで、案外違いは分からないのかもしれないけれど……。

 まあ、とにもかくにも、自分にとって劇的な環境の変化があった直後に書いた作品がこうした栄誉ある賞をいただけたことは、とても嬉しい。子育てと並行して執筆を続けていく上での勇気をもらったような気がしている。

 ありがたいことに、今回の受賞を各出版社がお祝いしてくださり、我が家にはたくさんのお花やお菓子が届いた。2歳になったばかりの娘がせっかくの立派なお花をちぎりまくるのではないかと、玄関に飾りながら戦々恐々としていたものの、幸いにも娘はいつの間にか、花を愛する心の持ち主に育っていたようだ。見た瞬間に「うわぁーーーー、わぁーーーーー!」と甲高い声を上げながら駆け寄り、近づいて花びらをそっとつつき、はにかみつつ離れ、私に抱きついてくる……の繰り返し。公園にしかないはずのお花畑が突然家の中に出現して驚いたのだろうけれど、なぜか0歳の弟を慈しむときの反応と酷似しているのが不思議だ。赤ちゃん返りは結局する気配もないし、葉っぱや木の実はちぎるのにお花は大事そうに観賞するし……子どもとはまったく、予想のつかない生き物である。

 さて、大藪春彦賞の件はもちろん作家として大変嬉しかったのだけれど、乳幼児を子育て中の母親としても、ちょっぴりワクワクする出来事だった。

 なぜかって?

 子育てを「お休み」する正当な理由になるからだ。

 もしくは「休憩」と言い換えたほうがいいかもしれない。


*辻堂ゆめの本*
\祝・第24回大藪春彦賞受賞/
トリカゴ
『トリカゴ』
東京創元社
 
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
十の輪をくぐる
『十の輪をくぐる』
小学館

 『十の輪をくぐる』刊行記念特別対談
荻原 浩 × 辻堂ゆめ
▼好評掲載中▼
 
『十の輪をくぐる』刊行記念対談 辻堂ゆめ × 荻原 浩

\毎月1日更新!/
「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ

辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。

『赤と青とエスキース』青山美智子/著▷「2022年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
劇団四季「ロボット・イン・ザ・ガーデン」上演記念 キャスト特別座談会〈成長しあう喜び〉vol.2