辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第17回「ありがとう『ねんトレ』」

辻堂ホームズ子育て事件簿
添い寝や抱っこをせずに
寝かしつける欧米式の「ねんトレ」。
本当に良いのだろうか?

 初日は、30分泣かれた。次の日は10分に縮まった。その次の日は5分。様子を見にいって〝愛情を注ごうと〟したら、もう寝ていた。とりあえず1週間は心を鬼にしてみようと覚悟していたのに、娘の「ねんトレ」はわずか3日でほぼ完了してしまったのだった。個人差はあるだろうとは思うけれど、簡単すぎて拍子抜けした記憶がある。

 この説明に、祖母と母は目を丸くしていた。「抱っこや添い寝をしなくても、赤ちゃんがひとりで寝られるなんて知らなかった……」「そんなこと誰も教えてくれなかった……」と、呆然として娘が寝ている和室の方向を眺めていたのをよく覚えている。たぶん、話をしただけでは信じてもらえなかっただろう。まさに生後7か月の赤ん坊が目の前で機嫌よく寝てしまった現場を見たから、ふたりとも認めざるをえなかったのだ。

 驚くのも無理はない。祖母は母を、抱っこや添い寝で寝かしつけて育てた。母は祖母から子育てのやり方を教わって、私を同じように育てた。私も当初は自然と母の教えのとおりにしていたけれど、祖母や母の時代と違ったのは、インターネットで無限に情報を摂取できたことだった。他の家庭や他の国では赤ちゃんをどのように寝かせるのかを調べ、自分がいいと思った方法を取り入れる、という選択肢が生まれた。

 私たち夫婦は、「ねんトレ」の成功に大変満足し、娘が自力で寝られるようになったことを喜び合った。祖母も母も上記のように理解を示してくれた。ただ、母がぽろりとこぼした言葉が、少しだけ心に引っかかった。「かわいそうだと思われてしまいそうで、自分と同年代のママ友には言えない」──。

 その言葉にはっとした。赤ちゃんが寝るときには必ず母親がそばにいてあげなくてはいけない、という考え方は、この国では根強い。その考えに基づいて育児をしてきたお母様方に「ねんトレ」の話をしても、極端な話、ネグレクトのように受け止められてしまう危険性がある。母はそう考え、ママ友には気軽に話せないと感じたのだろう。

 さて。「ねんトレ」は、ネグレクトなのか? やはり抱っこや添い寝が赤ちゃんにとって最も理想的な寝かしつけ方法なのか? 愛着が育たなくなる、サイレントベビーになるといった心配は本当にないのか──?

 これはトレーニングに踏み切る前、私も非常に気にしたことだった。

 中高生の頃に父の仕事の都合でアメリカに住んでいたことはあるけれど、さすがに具体的な子育て方法について話を聞いたことはなく、欧米をはじめとした他国の〝寝かしつけ事情〟には疎い。そこで、インターネットでさまざまな体験談を読み漁った。するとアメリカ人の男性と国際結婚をした日本人女性のブログが出てきた。「夫はトレーニングをしようと言ったが、私は子どもが泣き続けているとあまりにかわいそうで、そのたびに夫に反抗して抱っこで寝かしつけをした。結局、子どもがひとりで寝られるようになるまでには1年かかった。そのとき夫に言われた。『君が自分に甘いから、トレーニングに1年もかかってしまい、子どもにかわいそうな思いをさせた。きちんとやれば1週間で、泣かずにひとりで寝られるようになったのに』と」──ざっくり要約すると、このような内容だったと思う。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。

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