辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第18回「英語アレルギーという屈折」

辻堂ホームズ子育て事件簿
子どもの早期英語教育。
帰国子女だからこそ、
思うところがあった。

 ほら、やっぱり屈折している。私は英語が嫌いで、二度と本格的に喋りたくなくて、その反面、毎日大量の原稿を書くのを仕事にしてしまうくらい、日本語を心から愛しているのだ。

 私は日本語が好き。

──だから、自分の子どもたちもどの言語より日本語が一番得意な人間であってほしい

 あーあ、と自分に対して残念な気持ちになった。

 これは単なるエゴだったのだ。世の中には国際結婚をした夫婦のもとに生まれた子どもたちや、幼い頃に家族で他国に移住した子どもたち、また公用語が2つ以上ある国で、当たり前のように多言語に触れて育った人々も大勢いるというのに。「バイリンガルはどちらの言語も中途半端になる」という命題が仮に真だったとしても、それが「よくない」といえるだけの根拠はどこにあるのだろう? 1つの言語を極めるより、2つの言語を苦手意識なく操れたほうが楽しい人生だってあるかもしれないじゃないか。自分の子どもがどちらを望むかは分からない。自分の好き嫌いを押しつけて、子どもの可能性を狭めてはならない。

 そう思い至り、反省した。人間、何事もバランス。極端な方針、ダメ、ゼッタイ。

 そして考え直した。幼児期に英語に触れさせることが百パーセント悪であるわけがない。例えば発音は、一度身につけてしまえば一生ものなのだから、幼いうちにマスターさせてもいいはずだ。前述の夫の感想のとおり、口や舌の筋肉を動かすトレーニングのようなものだから、母語をベースとした思考能力にも影響しない。また、言語を混同するリスクがあるとすれば、それは「母語である日本語の習得に軸足を置きつつ、そのすぐ後を追うように英語を学習させること」である程度回避できるのではないか。この考え方なら、本格的な英語学習が始まる中学入学を待つ必要はなくなる。乳幼児期の子育てで重要なのは、きっと、子どもの可能性をつぶさないことなのだ。自分の子どもたちが将来日本語を好きになるも、英語を好きになるも、はたまた数式やプログラミング言語を愛するようになるも、現段階ではまったく読めないからこそ、そのすべての可能性に、親としてはできる限り備えなくてはならない。

 ……なーんてもっともらしいことを書いてみたけれど、幼い子どもの頭に何でもかんでも詰め込めるわけでもなし、結局どうすればいいのかはよく分からない。はじめに書いたように、「英語を学ぶのは後からでもいい」というのもまた、一つの考え方なのだ。さてどうしたものか。今は頭でっかちにいろいろ考えていても、いつの間にか子どもは大きくなってしまって、「こういうふうに育ててほしかった」などと後から恨み言をぶつけられたりするんだろうなぁと、そんなことを思ったりもしている。

 とりあえずまあ……今のところは、やる気満々の夫が子どもたちに英語で話しかけていても、大らかに構えているようにしようかな。

 って、娘がこれまでに喋った言葉の最長記録は、まだたったの10文字(「いないいないばあ、みる」)だ。2か国語目に挑戦するのは、いったいいつになるのやら。

(つづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。

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