辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第21回「ホームズ・アット・ホーム体験」

辻堂ホームズ子育て事件簿
旧祖父母宅での新生活。
2歳の娘が、
夜中に急な階段を上ってきた!?

 ベビーベッドの息子はまだ寝ているようだ。娘にパンツとズボンを穿かせ、ついでに上半身のパジャマも着替えさせてから、現場検証を続行する。

 見たところ、廊下にも階段にもおむつやズボンは落ちていない。起きてすぐに脱いだのかと思いきや、和室の中にも見当たらない。つまり娘は和室を出てまっすぐに2階に向かったわけではない、ということになる。何気なく1階のトイレのドアを開ける。果たして、そこにはパンツ型の紙おむつがぽつんと脱ぎ捨てられていた。

 ははあ、と私は頷いた。最近トイレトレーニングをしている娘、おむつはここで脱ぐべしとちゃんと覚えたのだろう。偉い、偉い。

 それはそうと、パジャマのズボンはどこなんだ──と我に返る。玄関にもリビングにも、洗面所の床にも落ちていない。1階はこれで全部見回ったはずなのだけれど。

 首をひねりつつ、脱がせたばかりのパジャマの上を洗濯カゴに入れようとして、中に先客がいるのに気がついた。

 探していたパジャマのズボンだ。

 しかし、全体的に濡れている。慌てて鼻を近づけてみたけれど、特に変な臭いはしなかった。ああ、よかった。床に落ちていたのをいつの間に夫が拾い、手洗いしてくれていたようだ。おむつを見た感じでは、漏れていたようには思えなかったけれど、どこか汚れていたのかな。

 そんなことを考えながら、顔でも洗おうかと洗面台に近づくと、今度は床がひどく濡れているのに気がついた。ティッシュで拭ってみる。これもただの水のようだ。洗面台から飛び散ったと見え、子ども用の踏み台から床まで満遍なく、わりと大量にかかってしまっている。

 引っ越してきたときから、洗面台の水圧が強いのが気になっていたのだけれど、いくらなんでもこれは撒き散らしすぎでしょう、夫よ。

 洗ってくれたのはありがたいんだけどね──などと心の中で呟きつつ、洗面所の床を拭いてからリビングに戻った。娘の相手をしてくれていた夫と鉢合わせする。

「パジャマのズボン、洗ってくれてたんだね。どこにあったの?」

「え、ズボン? 何もしてないよ」

「でも洗濯カゴに入ってたよ。水で濡れてたし」

「知らない、知らない」

 夫や私が洗面台を使うとき、つまり夜の間は脇にどけてあったはずの踏み台が、先ほど正面に置かれたままだったことを、今さらのように思い出す。

 ああ。

 娘だ。娘がやったのだ。別に汚れてもいないパジャマのズボンをわざわざ踏み台に上って水を出し見よう見まねで洗って洗濯カゴに放り込んだ

 さらにその後、もうひと眠りしようと2階に戻った夫から、「2階のトイレのスリッパが荒らされていた」という報告が入った。どうやら娘は、最初に1階のトイレに入った後、2階のトイレにも侵入していたらしい。

 ここにきてようやく、脱出の動機まで含めた全容が見えてくる。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。

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