辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第22回「世界が優しくなった」

辻堂ホームズ子育て事件簿
子育てで出会った
優しさ溢れ出る世界。
身体はヘトヘトだけれど。

 2022年12月×日

『ぬ』──と一言、スマートフォンにメッセージが届いた。

 個人で利用しているインスタグラムからの通知だった。卒業後も仲良くしている大学時代のサークルの先輩からのDMだ。『ぬ』ってなんだよ、と首をひねりながら、一文字だけのメッセージを眺める。

 えーと誤送信でしょうか? とフリック入力しようとして、気がついた。このメッセージ、私が投稿したストーリー(画像や動画に直接文字を書き込むなどして投稿できる機能。24時間経つと自動的に消去される)への返信という形で送られてきている。

 ん? インスタのストーリー? そんなもの最近作成してないぞ……⁉

 慌ててチェックすると、果たして1時間ほど前に、私のアカウントからストーリーが投稿されていた。

 どこを写したのか判然としないぼやけた写真に、どでかい『ぬ』の文字。

 ああ──と瞬時に理解し、頭を抱えた。娘だ。とうとうやったのだ。最近私のスマートフォンを勝手にいじり、インスタグラムのアプリを立ち上げて、ストーリー投稿画面を開いているなとは思っていたのだけれど。ライブラリから好きな写真を選ぶか偶然撮影するかして、小さな指を左右に滑らせて器用にフィルターを変えているなぁ、写真を白黒に加工するのにハマっているんだなぁ、とは思っていたのだけれど……。

 すぐさま先輩に「あーやられた!!!! 娘です!!!!!」と返信し、ストーリーを削除しようとした。しかしすでに数十人が閲覧してしまったようである。後の祭りだ。仕方ないので、追加で娘の写真を投稿し、『犯人はこの子です』とテロップをつけておいた。すると大学生の従妹からも即座にDMが届いた。『だと思った~!(泣き笑いの絵文字×5)』。だったら早く指摘してくれ! と思いつつ、『ぬ』の投稿に対する従妹や先輩の好意的な反応にちょっとほっこりする。大人が誤爆すれば冷ややかな視線を浴びるしかないけれど、2歳児のやることは、大抵の人が温かい目で見守ってくれるのだ。ああ、優しい世界……。

 ちなみにその後、インスタとフェイスブック合わせて3回も、娘に勝手にストーリーの投稿をされた。何なんだ、いったい。令和の2歳児はスマートフォンを使いこなしすぎる。事情を察したらしいフォロワーの皆様が問題の投稿にもわざわざ「いいね!」を押してくれ、ここでも温かい優しさに触れ続けたものの、さすがに懲りて、それからは「ママのだいじだいじだよ~」とスマートフォンをささっと取り上げることにした(どうしてもごねられたときは、SNOWのアプリに誘導することにしている。猫耳やクマ耳などを生やして自撮りができるアレだ。初めて見たとき、娘はびっくりした顔をして、しきりに自分の頭を触っていた。猫耳が実際に生えたと思い込んだのだろう。IT時代の申し子のようでいて、意外とベタな反応をするのが面白い)。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。

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