辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第46回「4歳児の心配性」
上がっていく子どもたち。
完璧とは程遠いのだけれど。
例えば……ある夜、就寝前に、人魚姫の絵本を初めて読み聞かせると。
私が絵本を閉じて寝室の電気を消そうとしているのに、長女が布団に入ろうとせず、立ち上がって私のあとをついてくる。「どうしたの?」と尋ねると、「わたしはおおきくなったら、だれとけっこんしようかな」と話しかけてくる。読んであげたばかりの人魚姫の絵本に触発されたのか、と微笑ましく思いながら、「今考えるのはまだ早いねぇ。大人になってから相手を見つければいいんだよ」と返す。しかしよく見ると、長女は納得のいかない様子で、とても不安そうな顔をしている。
なぜ? ……ああ、そうか。もしかして。
慌てた私は、すぐに長女の肩に手を置き、「大丈夫だよ!」と力説した。
「だって、●●ちゃんにはもともと脚があるじゃん! 人魚姫は人間の脚をもらうために魔女とお約束をしたから、ああいうことになったんだよ。●●ちゃんが結婚できなかったら、海の泡になっちゃうわけじゃないから!」
すると長女は途端に元気になり、素直に布団に入ったのである。結婚できなければ海の泡になる、か……ふむ、ずいぶんと少子化改善に貢献しそうな施策だ。
また、別の夜には。
珍しくパパとお風呂に入った長女をリビングで迎えると、赤く上気した顔で一生懸命話しかけてくる。
「ねえママ、わたしがしょうがっこうにいってさ、6ねんせいになったらさ、がっこうにいくときさ、6ねんせいになったばっかりだったらわからないからさ、6ねんせいになったばっかりじゃない子とかさ、せんせいがさ、おしえてくれるの?」
一度聞いただけでは何のことか理解できず、「教えてくれるって、何を?」と訊き返す。根気よく聞き取るうちに、どうやら学校への道順のことを言っているらしいと分かり、「6年生になったら、他の子や先生に教えてもらわなくても学校にはひとりで歩いていけるようになるんだよ」と伝えた。私としては当たり前のことを言ったつもりだったのだけれど、見ると長女は涙目になっている。思わず「どうしたの」と驚くと、堤防が決壊したかのように、長女は私に抱きついて大声で泣き始めてしまった。
「でもさぁ、みちがわからなくなっちゃったら?」
「ママとパパに電話すればいいよ、すぐに探しにいくよ」
「でも、ずっとまっても、ママとパパがきてくれなかったら?」
「そしたら学校に戻るか、優しそうな人に話してお巡りさんのところに連れていってもらえば大丈夫だよ」
「おまわりさんのところにいったら、ママにあえるの?」
「そうだよ。でも6年生にもなれば、そんなことにはならないはずだけどね」
「せんせいや、6ねんせいになったばっかりじゃない子が、おしえてくれる?」
「それは……ええと、6年生になる頃には学校への道は絶対に覚えてるから……」
長女はなぜ、これほど取り乱しているのか。というかなぜ、4歳児が6年生になったときのことを心配しているのか。小学校に入学した直後のことを言うなら分かるのだけれど……。
その謎は、遅れてリビングに戻ってきた夫への事情聴取で解明された。
どうもお風呂の中で小学校の話題になり、「●●ちゃんが6年生になったら、4年生の弟と1年生の妹を学校まで連れていってあげるんだよ」と言い聞かせたようなのだ。もちろん夫にとっては何気ない発言だったのだけれど、長女はそれにより多大なプレッシャーを受けてしまった。
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。