辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第47回「悪い子はいねがー」
ゴリラ、お巡りさん、
そして……?
近年、親が子どもに対して恐怖政治を敷くのはよくない、という考え方をよく聞く。体罰はもちろんダメ。「いい子にしなかったらおやつあげないよ」というような脅しによる育児もダメ。理由は確か、恐怖心により行動が変わったとしても、それは子どもが自分の頭で考えた結果ではないため意味がなく、親子の信頼関係にも悪影響が出るから……だったろうか。個人的な考えでは、「おもちゃを投げたら(壊れるかもしれないから)取り上げるよ」「食べ物で遊んだら(行儀が悪いから)いったん食事をストップするよ」など、原因となる行動とそれを改めさせる手段との間に一定の論理関係が認められるタイプの〝脅し〟はグレーゾーンというか、子どもの状態により必要な場合もあるのではとも思うのだけれど、それはともかくとして、なまはげは……うん、論理関係の欠片もないな、と。
それで夫に、「すぐに効果がなくなっちゃうかもしれないし、乱発するのはやめない?」と提案してみた。すると「この年齢の子どもは何を言っても聞かないから、めちゃくちゃ助かってるんだけどなぁ……」と言いつつ、なまはげをちらつかせる頻度をずいぶん抑えてくれた。
まあ正直、それがどう影響したかは分からない。「古くから伝わるものには意味がある」という夫の感想には私も同意だ。なまはげの対息子戦闘力は凄まじい。秋田で200年以上にわたって行われてきた由緒ある伝統行事なのだから、恐怖政治などと細かいことは考えず、なまはげの恩恵を素直に受け入れて息子の躾に役立てればよかったのかもしれない。ああ、何事もバランスが大事とは言うけれど、そのバランスを見極めるのが、子育てにおいてどんなに難しいか。
そんな私の気苦労をよそに(?)、それから2か月が経った今も、息子は相変わらずなまはげを恐れている。東京や神奈川の場所はあやふやなのに秋田県だけを完璧に覚え、「お外に停めてある知らない人の車を傷つけたら誰が来るんだっけ?」という私の問いに「たたたげ……」と答えたりする(いや、そこはお巡りさんと答えてほしかった)。先日の大晦日には、ちょうど家族で年越しそばを食べようとしていたときに、コロナ禍を経て男鹿半島で4年ぶりに実施されたなまはげ行事のニュースがテレビで流れた。ふと気がつくと、息子は5分ほど経ってもそばに手をつけず、「たたたげ……」とひどく情けない顔でうなだれていた。そして年が明けて獅子舞の映像が流れると、「たたたげににてる……」とまたまた落ち込んでいた(やっぱり似てるよね!)。
それでいて「たたたげ、みせて」と、スマートフォンでなまはげの写真や動画を表示するよう3日にいっぺんは親に頼んでくるのだから、好きなのか嫌いなのか分からない。こうなったら一度、本物のなまはげに会わせてあげたくなってきた。でも秋田どころか東北地方に親戚がひとりもいないし、ディズニーランドでミッキーに会わせるのとはわけが違う……。あ、でも観光用の体験施設なんかはあったりするのかな。泣いてトラウマになりそうだから、もうちょっと大きくなってからにしたほうがいいかなぁ……。
ちなみにこの原稿は、仕事始めの月曜に書いている。会社員の親御さんたちの有休取得とインフルエンザ大流行とで、「今日は●●ちゃん1人しかいないんです!」と次女の小規模保育園の先生に言われてしまった年末の最終金曜日。出勤している先生たちに心の中で謝罪しながら短編のラストシーンをなんとか書き上げ、嬉しい9連休に入ったと思ったら、次女が生まれて初めての高熱を出して大混雑の休日急患診療所にかかる羽目になった大晦日前日。インフルエンザと診断された次女を看病しながら家族全員マスク体制で年を越したのも、後から振り返ればいい思い出になるのだろうか。
慌ただしいスタートになってしまったけれど、2025年も、平和にのほほんと、日々を過ごしていきたいものである。
(つづく)
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『ダブルマザー』(幻冬舎)。