辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第49回「迫りくる《あの日》」

成長していく子どもたち。
やり残していることはないだろうか。
2025年3月×日
Q. 「いちご」は漢字でどう書く?
A. 一五
「あー、うーん、違うんだよねぇ……」と残酷な真実を伝えると、5歳長女は納得がいかずに怒り狂っていた。急にやる気を出して、1から10までの漢数字を書けるようになった矢先の出来事だった。ちなみにカタカナは丸ごとすっ飛ばしている。明らかに教育の順番を間違えているのは、私の適当さゆえだ。
「じゃあ、どうかくの!」と鉛筆を手に私を睨む長女。「え、いちごって漢字を?」「そう!」「でも小学校でも習わないよ」「ちゅうがくせいは?」「習わない」「こうこうは?」「習わない」「だいがくは?」「習わない。難しいよ。それでも書きたいの?」「うん」──というわけで、間違っていないか念のためスマートフォンで入力して確かめた上で、『苺』の字をお手本として書いてあげた。私もこの漢字を実際に書くのは初めてかもしれないな、と途中で気づく。「かきじゅんは?」などとプンプンしながらひたすら『苺』の漢字練習をする長女。教えておいて申し訳ないけれど、その知識があなたの人生において役に立つかどうか、母はまったく自信がないよ。
Q. ママが作ってくれる料理でいちばん好きなものは何でしょう?
A. ホットケーキ
長女の誕生月に幼稚園の誕生会に出席したところ、担任の先生による「今月誕生日の子クイズ」が出題された。クラスの子たちが挙手して回答できるよう三択問題にしてあったけれど、選択肢を聞くまでもなく、答えが分かってしまった。「ではお母さん、何だと思います?」と最後に先生に尋ねられ、「ホットケーキ」と即答。見事正解。当然だ。過去のエッセイにも何度か書いたとおり、我が家の料理担当は夫である。「ママが作ってくれる料理」という出題の時点で、答えは「ホットケーキ」一択なのだった。
長女が通っているのが幼稚園だからかもしれないけれど、家庭の家事分担で男性が料理をほぼ100パーセント担っているケースはやはり珍しいようだ。年少のときの担任の先生にも、「●●ちゃんちでは、ママがお仕事に専念されてるんですね!」と言われてしまったことがある。「む、無職だと思われた……」と夫は地面に崩れ落ちそうになっていた。うん。時代がまだ我々夫婦に追いついていないのかもしれない。ドンマイ夫!
ちなみに「食事中にも料理系の動画やテレビ番組を見て次の食事のことを考えているグルメな夫」と「お昼ご飯がバターやジャムもついていない食パンやふりかけご飯だけでも別にまあ問題ない妻」の間に生まれた子どもたちはどんなふうに育っているかというと、前者の嗜好を継いだようだ。長女も息子も、パパと一緒に「孤独のグルメ」のドラマや「クッキングパパ」のアニメを見るのが大好き。「アンパンマン」のアニメのゲストキャラ(カップケーキやとんかつなど、だいたい食べ物関連)を見ると、「これたべたい!」とすかさずリクエストしてくる。Eテレのクッキング番組から仕入れた語彙で、「きれいに焼きいろがついてるね」とか「チーズがクリーミーでおいしい!」などと一人前に食レポを始めることもしばしば。
いただきものの桃を前にして「わー! むねがドキドキしちゃうー!」と長女にたいそう喜ばれたときにはなんだか申し訳なくなって、Eテレのクッキング番組のレシピを参考に、ブルーベリーアイスやオレンジゼリー作りにも付き合ってあげた。料理嫌いなこの私が、である。親は子どもに成長させられる生き物なのだ。
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『ダブルマザー』(幻冬舎)。