辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第7回「最強の胃袋」

辻堂ホームズ子育て事件簿
20年以上に及ぶ
ある輝かしい記録を
打ち破った事件とは!?


 とはいえ、娘はちょっと強すぎる。すぐに原因が分からなかったのは、ウイルスを持ち込んだと思われる当の娘の症状が軽すぎたせいだ。私が約20年ぶりに吐き、夫が高熱を出したというのに、なぜ1歳の幼児がピンピンしているのか。ゆるゆるうんちの頻度だけは多いけれど、食事やおやつを完食し、いつもどおりに遊び回っている娘を見て、インドの日本人駐在員の間で伝説化したという私の父の最強の胃が、この子にも受け継がれているに違いないと確信した。

 その片鱗は、以前から感じてはいた。焼肉屋に行くと、大人が1人で食べても十分お腹がいっぱいになりそうな量のクッパをぺろり。ファミレスでは、市販の離乳食を1食分たいらげた上で、夫が頼んだハンバーグプレートの付け合わせの野菜や、私が途中まで食べていたサイドメニューのパンを根こそぎ奪っていく。たとえ自分のご飯を完食してごちそうさまをした直後でも、大人が自分たちの食事を始めると「はぁい!」(発音はなぜか『サザエさん』のイクラちゃん風)と手を伸ばして延々と欲しがり続けるから、こちらは娘を太らせないよう、爆速でご飯をかっこまなければならない。同じ月齢の子どもがいる友達の家で、やはり市販の離乳食を残らず食べた後にコロッケパンを恵んでもらって丸々1つ完食したときは、「嘘でしょ……満腹中枢、ちゃんと働いてる?」と目を丸くされてしまった。

 もちろん、大人しか食べられないケーキやお菓子があったとしても、娘が起きている間に目の前で食べることは許されない。目敏く発見され、その後しつこく狙われる羽目になるからだ。前世は鳶か何かなのかな。そういえば、「ごちそうさま」のポーズを「おかわり」という意味だとなぜか勘違いして、ご飯を食べ終わった後にいつまでも手を合わせて泣いていた時期もあった。

 それくらい胃が強い娘だから、たちの悪いウイルスに感染しても症状が軽くて済んでいるのだろう――そう恐ろしく思いながら、体調の優れない中、夫婦で協力しつつ、いや正直に言うと押しつけ合いつつ、娘のお世話をした。気持ち悪いからじっとベッドで寝ていたいし、食べ物なんて視界に入れたくもないけれど、子どもはいっときも待ってくれない。身を引きずるようにしてご飯を用意し、お風呂に入れて、まだ吐き気の残る中、抱っこでゆらゆら寝かしつけをして……さすがにさんざんな思いをした。夫はその1週間ほど前にもコロナワクチンの副反応による高熱に苦しめられていたから、余計につらかっただろう。そのときに買い込んでいた経口補水液が冷蔵庫に残っていたおかげで、夫婦共倒れ期間をなんとか乗り切ることができたのは、不幸中の幸いだった。

 と、娘の超人っぷりを描写してみたけれど、結論から言うと、娘も時間差でウイルスに屈した。私や夫の症状が軽快した頃に、38度台の熱を出したのだ。あらあら、やっぱりこの子も人間だったね――などと危機感なく笑っていると、あれほど食べることが大好きな娘がご飯やおやつを一切拒否し始め、「これはただごとではない!」と慌てて小児科に連れていった。診断はまあ予想どおり、胃腸炎。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。

酒村ゆっけ、さん インタビュー連載「私の本」vol.15 第3回
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.11 TSUTAYA中万々店 山中由貴さん