椹野道流の英国つれづれ 第4回

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「あの、あの、その●●番のバスには、どこで乗り継げば……」

「乗り継げねえよ。走るとこ全然違うもん」

「あ……そうなん、ですか。あの、最寄りのバス停から、どのくらい歩きますか?」

「あーん? 歩いたことなんかないからわかんねえけど、20分とか?」

「ああ……じゃあ、あの、すみません、その最寄りのバス停に来たら、教えてもらえますか?」

まだ、30分以内の歩きなら軽傷だ。どうにかなる。どうにかしよう。

そう決意して話を終えようとした、そのとき。

突然背後から、甲高い声が聞こえました。

「何言ってんの、あんた! いい加減にしなさいよ」

ギョッとして振り返ると、いました。

3人の老婦人が、すぐ背後に。

いつの間に、最後部の座席から移動してきていたんでしょう。小柄でどっしりした体格の彼女たちが、私の背後で押し合いへし合いしています。

ぶー、ふー、うー……いや待て、その連想はあまりに失礼だ。

というか、叱られていますね、私。

ごめんなさい。イギリスでは、運転手さんにそんなお願いをするのは、厚かましいことでしたか……!

慌てて謝ろうとしたら、3人のうちひときわ元気な1人が、私をぐいと横へ押しのけ、自分が運転手の真ん前に進み出ました。

ありゃ?

もしかして……これは……。

「あんたねえ、ちょっと考えなさいよ。この子、明らかによそから来てるじゃないの。こんな小さい子を知らない場所に放り出して、20分歩かせる? 冗談じゃないわよ!」

そうだそうだ、と残りの2人も盛んに相づちを打ちます。

あららら、どうやら彼女たちに怒られているのは、私ではなく、運転手さんのようです。

彼は顰めっ面で、突然現れた老婦人の壁に文句を言いました。

「んなこと言われたって、路線どおりにバスを走らせるのが俺の仕事なんだからさ」

ごもっともです。運転手さんは、何も悪くありません。

「あの、バスを乗り間違えたのは私なので、歩きます」

必死でそう主張したものの、それが逆に彼女たちの燃えさかる庇護欲に油を注いでしまったようです。

「大丈夫よ、可愛い子。あなたにそんなことはさせないわ」

「そうよ、私たちが守ってあげるから安心して。可哀想に、泣きそうじゃないの。なんて酷い男なのかしら」


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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