椹野道流の英国つれづれ 第1回
◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯1
私がイギリスに1年間、語学留学することになったのは、22歳のときでした。
医学部を4年まで終えたところで1年休学を決め、それまでちまちまアルバイトで貯めたお金をかき集め、現地の語学学校と連絡を取って入学を決め、飛行機のチケットを往復分押さえ(当時は、帰りのチケットを前払いで持っている、つまりちゃんと帰国する意思があると表明することが、長期滞在の条件の1つでした)……そして「もう全部決めたから。行くから」と、猛反対する親を押し切って、いえ、押し切るのは性格上無理なので振り切って、渡英したのです。
端的に言えば、あれは逃避行でした。
自分探しなどという上等なものではなく、とにかく他人、主に親の意見や指示に流されっぱなしの人生に、どこかで歯止めをかけたかった。
幼い頃から、溢れんばかりの愛情の合間にもたらされる恫喝と暴力に怯えて、親の機嫌が悪くならないよう、彼らが望むように振る舞う癖が、いつしか身に染みついていました。
そんな自分を知っていたからこそ、それを乗り越えるためには、たとえ一時的でも、彼らから離れなくてはなりませんでした。
立ち止まって、誰も私のことを知る人がいない場所に行き、そこで1から生活を組み立ててみたい。
自分の足で歩き、自分の頭で考え、自分の判断で人と付き合い、自分の行動のすべてを、自分ひとりで責任を負って決定してみたい。
どんなに未熟でも愚かでも、とんでもない失敗をしてもいいから。
そんな長年の思いが堰を切って溢れ出した結果の、人生初の暴挙でした。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。