★編集Mの文庫スペシャリテ★『ヴァンパイア探偵-禁断の運命の血-』喜多喜久さん
探偵は科学者であり、科学者もまた、探偵だといえます。
『化学探偵Mr.キュリー』シリーズなど、ベストセラーを多数発表している喜多喜久さん。大手製薬会社の研究員として培った、豊富な科学知識を基にしたミステリーで、読者から熱く支持されています。最新刊『ヴァンパイア探偵-禁断の運命の血-』は、血液の研究者と刑事のコンビが奇怪な事件を解いていく、連作ミステリーです。「血液探偵」という新たなジャンルをスタートさせた喜多さんに、本作にこめた狙いや、今後の展開を語っていただきました。
異質な要素を最も多く詰めこんだ主人公
きらら……新作『ヴァンパイア探偵-禁断の運命の血-』を読ませていただきました。喜多さんならではの科学知識が、ふんだんに盛りこまれているミステリーです。展開もキャラクター描写も非常に面白く、一気に読みました。
喜多……ありがとうございます。本作は昨秋ごろ、小学館さんからの執筆依頼を受けて、構想を練りました。警察を絡めた、これまで書いたことのない題材にしようと考え、いくつかアイディアを出していきました。そのなかで、ふっと〝血液〟という要素が出てきました。
警察の捜査に重要な証拠として使われるもので、科学の要素を説いていく部分では、僕の強みを利用できます。そして、血液の専門家の科学的な考察で事件の謎が解かれていく物語は、あまり読んだことがなく、目新しいのではないかと思いました。いくつかのヒントが組み合わさり、「血液探偵」のコンセプトができあがっていきました。
きらら……同時に、ヴァンパイアの設定も出てきたのですか?
喜多……血液を専門にしている研究者が主人公というのは決まっていました。世間的には、研究者は色白で、薄暗いところに閉じこもって、独りで暮らしているイメージがあります。それで血液の専門家だとしたら、やはりヴァンパイアが想起されるだろうなと。研究者と探偵とヴァンパイアがワンセットで、主人公の天羽静也の造形につながっていったような感じです。
きらら……民間の研究者・静也は長身痩躯の美青年。優れた頭脳と博識で警察に協力します。そして「ヴァンパイア因子」を持つ、特殊な体質の人物です。ミステリアスな魅力に満ちた、秀逸なキャラクターだと思います。
喜多……静也が自身の身体に、特別な問題を抱えている設定も、初めのころには決まっていました。ヴァンパイア因子の体質ゆえに、「運命の血」を探しています。研究者で、探偵で、血を求めるヴァンパイアという、異質な要素は、すべて静也ひとりに詰めこんでみました。そのぶん相棒である桃田遊馬は可能な限り、一般人に近づけています。
きらら……若手刑事の遊馬は、静也の幼なじみです。事件現場に残った血液を静也の元に持ちこみ、そこから得られる知見を基に、コンビワークで事件を解決していきます。
喜多……『ヴァンパイア探偵』は男性同士のバディ小説にしようというのも、念頭にありました。静也と遊馬はコンビですが、かたや優れた頭脳で特殊体質、もうひとりはごく普通の人間と、タイプが違います。その対比があるからこそ、ふたりがこの先、本当に理解し合ったとき、物語にカタルシスが生まれるのではないかと考えました。
バディ小説はこれまでにも書いてきましたが、異質な部分を主人公のひとりに、最も詰めこんだ形になりました。面白さのために、あえてそうしました。
リアリティよりも面白い噓の方を選びたい
きらら……遊馬の所属する紅森署の刑事たちなど、読み進めるうち個性的なキャラクターが、次々に登場します。キャラクターノベルとしての面白さも、たっぷり味わえました。
喜多……ありがとうございます。今回は関東近県にある、架空の地方都市の警察署が、主な舞台となっています。警察が民間の研究者に、血液の調査を依頼する例は、実際にはほとんどないと思いますが、紅森署の人たちのようなフットワークの軽い組織だったら、ありうるかもしれません。刑事と研究者が直接つながっている図式にしたかったので、警察組織のリアリティは、敢えて追求していないんです。ミステリーの許容範囲のなかでリアリティを崩し、物語を面白くするためのフィクションに、手を掛けました。
きらら……静也の血液に関する蘊蓄や、その特性をふまえた事件の謎解きには、わくわくしました。喜多さんのファンに多い理系読者も、溜飲が下がったことと思います。
喜多……本作ではヴァンパイアが人間の血液を欲している理由を、科学的に説明してみました。本当に研究されているわけではないので、根拠は得られていませんが、物語の設定にはうまく落としこめました。
僕は生物学の専門家ではないので、本当の血液の専門家から見れば、不備は多いでしょう。でも化学など、理系の知識を扱った小説を書いているときは、いつも99%の読者が納得してくれるように心がけています。申し訳ないのですが、1%の専門家は意図的に無視しています。細かい設定や知識の裏づけを取って、精密に描写することも大事ですが、それで面白みが薄れてしまうのだったら、僕はエンターテイメントの噓の方を選びたい。
かといって、現代科学と完全に乖離してしまっては、逆につまらなくなります。トリックの部分では、科学的な裏づけで「もしかしたらできるかもしれない」と、楽しんでもらえるようにしたいんです。現実のテクノロジーと地続きの、バランスの取れた面白さを狙っています。
ケミストリーとミステリーは構造が同じ
きらら……『ヴァンパイア探偵』は短編の連作集となっています。いずれの話も科学の醍醐味が味わえるのと同時に、陰惨な事件が希望を生む解決へと至る、ミステリーとしての爽快感が心地いいです。喜多さんの作家としてのサービス精神が感じられます。
喜多……僕の希望的な気持ちが、無意識に入っているのでしょう。研究活動って、本当は楽しいんです。研究はキツくて、難しく、暗いという印象を持たれているかもしれませんが、わからないことを解いていく、他では得がたい楽しさに満ちています。ミステリー小説で、多くの人に科学の魅力を伝え、理系に対するハードルを下げていきたい。使命感というほどでもないですが、作家の宿題として、科学の世界に、みんなに入ってきてほしいという意識を持っています。
希望に向かった話でまとめているのも、中高生の読者の方々に対して、科学のとらえ方を、ポジティブに意識づけしたい意図があります。科学って難しいな、怖いなと思われるのは、避けていきたいです。
きらら……作家の宿題というのは、素敵な表現ですね。
喜多……もともと僕はミステリー小説が大好きで、作家になりました。人間を描くのも、トリックを考えるのも楽しい。何より僕がミステリーに惹かれるのは、科学との相性の良さです。
科学は、絶対の謎が、提示されています。誰にも解けなかった謎を、多くの数式や理論を用いて、研究者たちが解いていこうと臨んでいます。その構造はミステリーと同じなのです。論理的なアプローチで謎にあたり、解答を見つけ出し、証明していく作業をします。探偵は科学者であり、科学者もまた、探偵だといえます。
ケミストリーとミステリーは、構造がまったく一緒。解いていく喜びも一緒です。化学の研究者から、ミステリー作家へ転身した僕が、現在のスタイルになったのは、必然なのでしょう。
僕の小説を説明されるとき、〝ケミステリー〟と言われることがあります。ケミストリーとミステリーを合わせた造語です。なかなか上手いなぁと。僕の作風というか、狙っているところを、よく表していると思います。
次への膨らみは物語の要求に応じた結果
きらら……『ヴァンパイア探偵』は後半、静也が遊馬となぜコンビを維持しているか、衝撃的な理由が語られます。そこからふたりの複雑な関係が、どのように解かれるのか気になります。
喜多……遊馬に対して、静也は何も隠すことはなくなりました。探偵としての能力は静也の方が高いのですが、キャラクターとしては圧倒的に、遊馬の方が強くなったわけです。最初に考えていたふたりの対比が、うまく機能しました。構図としては遊馬がヒーローで、静也がヒロインという関係になります。
遊馬は今後どうするだろう? また、遊馬がケガで大出血したりして、命の危険にさらされたとき、静也は冷静に対応できるのだろうか? など、先々の膨らませ方が考えられます。
きらら……いろんな想像がかきたてられます。早く次巻が読みたいです。
喜多……後半ではちょっとだけ、静也の肉親についても描写しています。『ヴァンパイア探偵』は血液を題材にした、血縁の物語でもあるのです。1巻では消化しきれない要素を、いくつかちりばめ、次へとつながる膨らみを残しています。その多くは、書きながら出てきた設定です。後づけで足していったのではなく、小説側が要求した膨らみとなっています。僕が決めたものではないのです。
遊馬と静也の関係も、いい意味で僕のコントロール下を離れつつあります。彼らのこの先を、僕自身も楽しみにしています。
きらら……本作の時点で、静也と遊馬の関係を説明するとしたら、友情なのでしょうか?
喜多……答えは、すでにタイトルのなかにあります。運命=デスティニーです。その言葉に、ふたりの関係は集約されているでしょう。
『ヴァンパイア探偵』は、できれば長期シリーズを考えています。1巻目で、最も重要な主人公の秘密を明かしました。初めての試みで、読者の方がどう受け止めてくださるか、興味があります。1巻目でも完結していますが、物語が本格的に面白くなっていくのは、ここからです。秘密を共有した主人公ふたりの、より親密な関係を描いていけると考えています。
『ヴァンパイア探偵』は、僕のちょうど30作目の小説です。ひとつの区切りに、いい作品を発表できました。作家になったときから、100冊刊行を目指しています。ケミステリーというポジションで、その目標へ近づけられるよう、書き続けていきます。