【話題の『三体』ほか】いまアツい、「中国SF」セレクション
2019年7月に刊行されたハードSF小説『三体』をきっかけに、日本でも中国SFのブームがじわじわと起こりつつあります。今回は、そんな中国SFをこれから読み始めたいという方のために、『三体』を含むおすすめの3冊をご紹介します。
日本語版が2019年7月に発売されるやいなや10万部を達成し、大きな注目を集めている長編SF小説『三体』(
今回は、中国発のSF小説を読んだことがない方のために、まずはここから読んでほしい、という選りすぐりの中国SF作品のあらすじと、その魅力をご紹介します。
そもそもどこから流行りだしたの? 中国SFブームの歴史と、代表的作家たち
SFというジャンルを普段あまり読まない方の中には、「中国SFって急に流行りだした気がするけど、なにがきっかけ……?」と疑問を抱いている方も多いのではないでしょうか。
そもそも中国におけるSF作品は、1949年の中華人民共和国政府の成立後から少しずつ数を増やし始めたと言われています。しかしその多くは科学知識を普及させるために書かれた子ども向けの小説で、科学やテクノロジーを称賛するような娯楽的で稚拙なものが目立ちました。
『三体』の著者である劉慈欣は、その後、1990年代になってようやく盛り上がり始めた本格SF作品の中国における立ち位置を、「ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF」と題されたエッセイの中でこのように解説しています。
一九九〇年代中盤から現在にかけて、中国SFはルネッサンスを迎えている。新たな書き手とその新鮮なアイデアは前世紀とほとんど関連をもたず、また多様化が進んだことで明確に「中国的」といえる特徴を失い始めた。(中略)
面白いのは、前世紀の中国SFの大半を支えていた科学に対する楽観主義がほぼ完全に消滅してしまったことである。現代のSFはテクノロジーの進歩に関する疑念や不安を強く反映し、こうした作品で描かれる未来は暗く不確かだ。
<三体>の刊行当時、中国SFの市場は不安なほど落ち込んでいた。長年SFがジャンルとして細分化してきたことで、読者層は小さく内輪化していた。
『三体』の中国での刊行は2008年。つまり、その頃まで中国におけるSF作品は、(日本やその他の多くの国と同じように)ごく一部のコアなファンにのみ受け入れられているジャンル、という立ち位置でした。
しかし、『三体』は発表から間もなくして、IT起業家やエンジニアといった層から大きな注目を集めるようになります。劉慈欣はその理由を、
彼らはこの本の様々なディテール(例えばフェルミのパラドックスへの回答である宇宙の「暗黒森理論」や、異星人による太陽系への次元削減攻撃など)を中国ウェブ企業間の苛烈な競争のメタファーと受け取って議論を重ねた。
と分析しています。
そして、この『三体』が2014年に英訳されると、FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグやアメリカの前大統領バラク・オバマの推薦を受けて爆発的なヒットを記録します。
『三体』ブームを皮切りに、米国や日本でも少しずつ中国のSF作品が翻訳されて読めるようになりつつあります。ここからは、注目の中国SFを知るための3冊の必読書をご紹介していきます。
ブームの火付け役。宇宙規模のハードSF『三体』(劉慈欣)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4152098708/
中国SFブームの火付け役となった『三体』。実はこの『三体』は3部作の第1巻(2、3巻は未邦訳)で、文化大革命の時代から現代を舞台とした、長大な物語の序章にあたる作品となっています。
物語は、物理学者であった父が文化大革命で惨殺されたことをきっかけに、人類と地球に絶望したエリート科学者の
この「紅岸基地」は、異星人を探すことを目的に作られた基地でした。天体物理学を学ぶ優秀な学生であった葉文潔は、偶然究明した太陽の増幅反射のしくみを駆使し、地球の情報を宇宙に発信し始めます。その情報を受けとったのが、異星人である三体人でした。
それから40年後、物理研究者である
……ここまでのあらすじだけでも、『三体』という物語の壮大さは十分お分かりいただけるのではないでしょうか。『三体』の魅力は、文化大革命時の非常にリアルな戦いの描写に始まり、専業作家になるまでは発電所のエンジニアをしていた著者による膨大な知識を活かした科学プロジェクトの描写、そしてVRゲーム「三体」の謎に満ちた世界観──など、枚挙に暇がありません。
『三体』は2015年、アジア圏の作品として、そして翻訳書としては初めてSF・ファンタジーの最も優れた作品に贈られるヒューゴー賞の長篇部門を受賞しました。膨大な物語ではありますが、普段SF作品を読まない方にもぜひ手を伸ばしてほしい、現代中国SFを代表する傑作です。
まずはここから! 中国SFのアンソロジー短編集『折りたたみ北京』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4153350362/
『折りたたみ北京』は、中国の現代SF小説を担う若い世代の作家の作品を中心に、さまざまなジャンルのSF短編小説がまとめられたアンソロジー作品集です。本書の中には『三体』の抜粋版である『円』(劉慈欣)も収録されており、『三体』のエッセンスを先に味わってみたい、という方にもおすすめの1冊です。
収録作の中でも、独特な発想と社会的な視点が光るのが表題作の『折りたたみ北京』(
その中でもっとも地位の低い労働者が住む第3スペースで暮らしている
夜明け前、街は折りたたまれて平らになる。超高層ビルは実に謙虚な召使のように、頭が足につくまで従順にお辞儀をする。そしてまた開き、また折りたたまれ、首と腕をひねって隙間に収納する。かつて超高層ビルだった小さなブロックがもぞもぞと寄り集まり、緻密で巨大なルービックキューブとなって、深い眠りに落ちていくのだ。
第3スペースが“折りたたまれる”タイミングを利用して、第1スペースに忍び込もうとする老刀。彼は第1スペースで、格差社会の現実と、なぜ街が折りたたみ式になったかという真実を知ることになります。
本作の他にも、奇想・ファンタジー色の強いSFからハードSFまで、実にさまざまな作風の短編を楽しむことができる本書。初めて中国SFに触れるには最適な1冊と言えます。
幻想的でバラエティに富んだSF短編集『紙の動物園』(ケン・リュウ)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4153350206/
『紙の動物園』は、『折りたたみ北京』の編者でもある作家、ケン・リュウによる日本オリジナルのSF短編小説集です。ケン・リュウはこれまでに弁護士、プログラマー、中国語書籍の翻訳者としてマルチに働く傍ら、短編小説を中心として文筆活動をおこなってきました。
表題作である『紙の動物園』は、中国人の母とアメリカ人の父を持つ「ぼく」を主人公とした物語です。「ぼく」が泣き虫だった幼い頃、「ぼく」の母はいつも彼に包装紙を使って折り紙の動物を折ってくれていました。不思議なことに、「ぼく」の母が折った折り紙の動物たちはどれも命を吹き込まれ、魔法のように動いていました。
「ぼく」はそれらの動物と心を通わせて遊びますが、成長していくにつれ、英語が話せないことで周囲から偏見の目を向けられる母のことを疎ましく感じるようになっていきます。本作は、そんな「ぼく」が、母の優しさと愛情に気づくまでを描いた物語です。
『紙の動物園』は2012年、優れたSF・ファンタジー作品に贈られるネビュラ賞、世界幻想文学大賞、そしてヒューゴー賞を同時受賞し、史上初の三冠を達成したことでも大きな話題を呼びました。
ファンタジックで情感あふれる本作の他にも、スチームパンクの世界観で描かれる妖怪譚『良い狩りを』、SFホラーである『愛のアルゴリズム』など、さまざまなテイストの作品が一度に楽しめる短編集です。
(合わせて読みたい:「スチームパンク小説」の自由すぎるレトロ未来を探る)
おわりに
2019年6月には中国の最大手コンテンツ企業・ビリビリが『三体』のアニメ化の権利を獲得したことが話題を呼ぶなど、中国国内でのSFブームは白熱しています。日本ではまだ盛り上がり始めたばかりの中国SFですが、おそらく今後、より一層さまざまな作品が邦訳され書店に並んでいくことでしょう。
ハードSFからファンタジックなSF、ホラーSFまで、多彩な作家の個性が光る中国SF作品から、今後も目が離せません。
初出:P+D MAGAZINE(2019/08/23)