川瀬七緒さん『賞金稼ぎスリーサム!』

読者の方には、心地いい衝撃を味わっていただけたらなと思います。

『法医昆虫学捜査官』シリーズが人気を集めている川瀬七緒さん。最新刊『賞金稼ぎスリーサム!』(10/30発売)は、変わり種のトリオが難事件を解決するミステリー長編です。個性豊かなキャラクターと、鋭い人間洞察、まさかの展開に読む手が止まらない、極上のエンターテイメントになっています。本作の構想や狙い、川瀬さん流のキャラクターづくりについて、詳しく語っていただきました。

川瀬七緒さん『賞金稼ぎスリーサム!』

水と油のタイプを混ぜ合わせてみた

きらら……報奨金を狙う3人組の活躍を描いた『賞金稼ぎスリーサム!』、大変面白く読ませていただきました。この作品の構想は、以前からお持ちだったのですか?

川瀬……以前から、賞金稼ぎというものにスポットを当てた小説を書いてみたい気持ちはありました。私はFBIの公式サイトが好きで、仕事の合間にもよく見ています。アメリカ国内での凶悪犯罪者が、ずらっと載っているんです。アメリカでは保釈金を保釈保証業者から借りて仮釈放後にトンズラ、というケースもけっこうあって。彼らを捕まえて報酬を得る仕事が普通に存在しているのだとか。保釈金の金額が莫大な国ならではの仕事でしょう。 日本では近年になって制度化され、指名手配犯の逮捕に協力してくれた人への報奨金の上限は300万円とされています。それで生計を立てるのは無理でしょうけど、賞金稼ぎとしてチャレンジする人たちがいると面白いのでは? と、物語を構想していきました。

きらら……警察捜査課の元警部の藪下、警察マニアで高い分析力を持つ淳太郎、賞金稼ぎに加わる狩猟エキスパートの一花の3人がチームで、ペットショップ放火事件の真犯人捜しに乗り出します。3人の主人公のキャラクターが、とても魅力的でした。

川瀬……藪下たち3人が主人公という構成は、最初から考えていました。それぞれ性格、性別も年齢も違います。水と油のようにタイプの合わない人たちを、くっつけて行動させて、ぐるぐる混ぜ合わせるような関係が狙いでした。
彼らはお互いに疎ましく思ったりケンカもするけど、別々の能力を活かして、ときに補完しながら事件を解いていきます。友情や恋愛感情も、芽生えそうで芽生えなさそう……、という、絶妙にバランスの取れたチームになったと思います。

読むうちに好きになってしまうキャラクターたち

きらら……最初は、なかば藪下のストーカーとなっている淳太郎と、渋々ながら賞金稼ぎに乗り出した藪下の凸凹コンビで、事件の謎に迫っていきます。ふたりをつないだ過去の因縁が明かされるくだりには、胸をうたれました。

川瀬……過去のある事件がきっかけになって、淳太郎は藪下を、神のような存在として崇めています。淳太郎本人は、それではいけないと思っているでしょうし、過去から解放されなくちゃいけないと思っているはず。けれど、どうしていいのかわからない。ある意味、助けを求めるような気持ちで、藪下と行動を共にしているのでしょう。藪下の方も、淳太郎の歪な感情を、思いがけないところで共有しています。ソリが合わないように見えて、実は強い協力関係でつながったコンビだといえます。

きらら……藪下と淳太郎に、ひょんなことで一花が加わる展開となります。

川瀬……本文には書いていませんが、彼女はコミュニケーション障害を抱えています。普通の会話ができづらくて、他人と関係を築くのが苦手です。

きらら……モデルになるような人が、いらっしゃったのですか?

川瀬……ある機会に出会った子どもさんが、印象に残っています。質問の受け答えはできるけれど、その答えが普通の子と少し違うんです。とても面白くて魅力的な子なのですが、もしかすると、大人になって社会のなかで生活していくのは少し大変かもしれない……と感じました。きちんと理解されれば代えがたい魅力なのに、実際の社会の中ではなかなか理解してもらえないのが現状です。
一花の場合は、祖父が彼女の特性を活かして、ハンターの技術を身につけさせました。その才能によって藪下と淳太郎と引き合えたのは、一花にとっても幸運だったと思います。

川瀬七緒さん

きらら……一般社会では、クセが強すぎるぐらい個性の立っている3人ですが、読み進めるうちに感情移入して、好きになっていきました。

川瀬……そう言っていただけると嬉しいです。3人とも特に正しいことを言ってないし、嫌なヤツだと思われたら、おしまいだなと。読む側にどう解釈されるかわかりませんでしたが、事件に関わらざるをえなかった、三者三様の心のなかの事情や信念は、きっちり書いていこうと思いました。彼らを好きと言っていただけると、何よりホッとします。

追いかける敵は大きい方が面白い

きらら……藪下たちが調べを進めるなか、放火されたペットショップ周辺の、東京下町の閉鎖的なムラ社会の闇が、浮かび上がってきます。

川瀬……私は地方出身で、地方の村に蔓延っている、独自の掟みたいなものの怖さは、容易に想像ができます。掟に背いたからと、陰湿な罰を与えたり、村八分にしたりというような報道も定期的に見かけます。どこの田舎もそうだとは言いませんが、ムラ社会の目に見えないルールは、確かに存在するようです。お互いを監視しているような独自のネットワークは、考えるだけで恐ろしいですね。東京の下町が「閉鎖的なムラ社会」だったら、というイメージで書きました。

きらら……放火事件の複雑な真相を暴こうとする藪下たちが、何者かにつけ狙われる展開には、ぞっとさせられました。

川瀬……人は自分の住んでいる世界を守るためだったら、何でもする生き物です。それは、仕方ないのかも。

きらら……一花の活躍もあって、藪下たちは事件の真犯人に迫ります。予想外の大物で、驚かされました。

川瀬……この展開は、構想段階からやってみたいと思っていました。かなり突飛で、担当編集者にはプロット段階で、大丈夫ですか? と心配されていたのですが、どうしてもそこのカタルシスに持っていきたかったのです。せっかく賞金稼ぎで、ぶち上げた話なのだから、敵は大きい方が面白くなるのではないかと思いました。

きらら……ラスト近くまで、本当に結末がわかりません。新人作家のお手本に推したいほど。先読み不能のワクワクが止まらない、川瀬さんワールドの魅力が凝縮されたエンターテイメントでした。

川瀬……物語の出だしと最後は、まるっきり別の世界にしようと考えていました。落差が大きければ大きいほど、エンターテイメントの醍醐味は活きてきます。読者の方には「あの始まりから、こんな終わりになったの!?」と、心地いい衝撃を味わっていただけたらなと思います。

一緒にいると苦しみが少し楽になる関係

きらら……出色のミステリー小説の一方、藪下・淳太郎・一花たちが、どうあれば幸せになれるのかという、それぞれの自己探求の軌跡を深く描いた物語でもあります。

川瀬……3人は、人生が縛られるような過去を個々に抱えています。解決しようがないんですね。悩みがなくなれば幸せか、欲しいだけのお金があれば幸せか、そんな簡単に割りきれません。人間なら誰しもそうだと思いますが、解決しようがない苦しみと一緒に、生きていかざるをえないんです。でも藪下たちに限っていえば、3人でいれば、その苦しみが少しだけ楽になります。家族とも仲間ともいえない、特別な関係でつながったチーム像を、描けたのではないかと思っています。人の成功とか、幸せって、何なんだろう? 大きなテーマですが、どの小説を書くときも、作品のなかで真摯に考えるようにしています。

きらら……藪下たち3人を心から、頑張って! と応援したくなる小説です。

川瀬……ありがとうございます『法医昆虫学捜査官』シリーズもそうですが、常に読者を飽きさせず、ページをめくるたび目を惹かれるものを提供していこうという意識を持っています。私の場合はキャラクターが、それを届けてくれる役割になればいいなと。この人は何をするんだろう、何を喋るんだろうと感情移入して、期待を持たれる人物づくりに、手を掛けています。


賞金稼ぎスリーサム!

小学館


川瀬七緒(かわせ・ななお)
1970年福島県生まれ。文化服装学院服装科・デザイン専攻科卒。2011年『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に『法医昆虫学捜査官』シリーズ、『フォークロアの鍵』『テーラー伊三郎』など。

(構成/浅野智哉 撮影/浅野 剛)
〈「きらら」2019年11月号掲載〉
島本理生さん × 伊藤朱里さんトークイベント&サイン会のお知らせ
『82年生まれ、キム・ジヨン』の翻訳者・斎藤真理子が語る、韓国文学の根底にあるものとは。韓国文学に触れることは、明日の日本を考えるメルクマールになる。 連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 ゲスト:斎藤真理子(翻訳者)