〝おいしい〟のバトン no.3 有賀 薫さん(スープ作家)

有賀さん

 その肩書は「スープ作家」。有賀薫さんは、大学受験をする息子さんのために作り始めた毎朝のスープがやがて職業となり、現在では著書も多数出版する。日々の暮らしを整え、食を豊かにするスープの魅力と、そこに込めた想いに迫る。

 私が「スープ作家」になったのは50歳のときです。栄養満点のスープを食べると、それだけで心身が養われる。献立に悩むことなく、「とりあえずスープを作ろう」と思えば気持ちが楽になる。無限にバリエーションがあるから、毎日食べても飽きない。なにより私自身が、そんなスープの力に魅了されていたからです。

 私は大学卒業後、すぐに玩具メーカーのバンダイに就職しました。ガンダムのプラモデルの部署だったので、初仕事はガンプラを組み立てること(笑)。もの作りが好きで入社しましたが、実際に手を動かす商品作りは、外部に委託されていました。それでバンダイを辞めて、経験もないのにフリーライターになったのです。企業のPR誌や雑誌で記事を書き、それを約30年間続けました。フリーになった直後にやはりバンダイに勤めていた夫と結婚、まもなく息子が生まれたので、主婦業に支障のない範囲で仕事をするという感じでした。

 転機が訪れたのは、約7年前のこと。息子は大学の受験勉強中でしたが、朝が弱くて。前夜のクリスマス料理の残りものでミネストローネ風のスープを作り、息子に「食べない?」と言ったら、すぐに起きたのです。スープだと起きるとわかり、合格への願かけもあって、それからスープを作り続けました。スープは美味しいし、基本的に食材を一つの鍋に入れて火にかけるだけの料理なので、逆に「今日はどんなものにしよう」と考えるのが私も面白くなっていったのです。

 用意するのはいつも朝のスープですから、特に食材を買うこともなく、冷蔵庫の残り野菜を入れます。あまりがちな野菜を使えるのもよかった。朝作っておけば、昼は少しご飯を加えて、温めて食べることもできます。あるいは夜たっぷり作って、翌朝また食べてもいい。スープは生活に自然に寄り添ってくれるので、とにかく楽だという感覚を持ちました。

 やがてただ作るだけでもつまらないと思って、Twitterにアップし始めたのです。すると周りから「美味しそう」「作り方を教えて」と言われて、それが励みになっていきました。そうやって1年間スープを作り、写真を撮り溜めたあとに、スープ・カレンダー展を開催したのです。実は私はずっとデッサンや水彩画などの絵が趣味で、その数年前からギャラリーで展覧会を開いていました。描くのは果物や魚、卵といった食材の細密画です。その流れで、スープの写真展をやってみようと考えたのです。

 展覧会には1日約400人と、大勢の人が足を運んでくれました。その来訪者が写真を見ながら、みな自分のスープの思い出話をするのです。確かに、スープは家庭や地方によって違うし、夏はカラフルな色彩だけど冬は渋い色合いだったりと、四季によっても異なります。スープは人の記憶と繋がっているから、それぞれの心に訴えかける力があると改めて感じた日々でした。

 その後、スープを仕事にしようと決めたとき、料理研究家では弱い、私は実際スープしか作っていないから、このカレンダー展のときに遊び感覚でつけた「スープ作家」の肩書にしようと、それをいまも使い続けています。

スープ作家の原点は実家の和風の汁もの

 展覧会の翌年にはスープ・ラボというミニイベントも始めて、これはnoteに書き溜めていきました。昆布、醤油、オイルなどスープの材料をテーマに食べ比べ、実際にスープを作り、レポートに仕上げてアップします。私は基本的に主婦としての知識しかなかったので、イベント直前は毎月テスト前のような感じでものすごく勉強して。でも、それが力になった。noteに内容が溜まっていくと、少しずつ取材やレシピ作りの声もかかるようになりました。それで出版社に企画を出し、初の著書『365日のめざましスープ』を刊行できたのです。

 2冊目の『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』が料理レシピ本大賞に入賞したのも、大きな転機となりました。当時28歳のまだ若い女性が担当編集者で、「スープの材料に使いたくない」というものがたくさんあって。夜、疲れて帰ったときに泥のついたごぼうを洗いたくない、玉ねぎは皮をむくのが嫌だ、キャベツは大きすぎて小さなまな板にはのらない、と。改めてなるほど、と思うことも多く、勉強になりました。その編集者は完全に読者と同じ目線で、それが共感を得たのでしょう。売れ行きも良好でした。

 自分にとってのスープの原点は、やはり両親にあったと思います。父は食道楽で、しかも外ではなく家で食事をするのが好きでした。母はそれに応えようと一生懸命料理をしていたので、私も手伝いをするなかで自然に料理が好きになっていきました。小学生になると『メアリー・ポピンズ』のクッキングブックを見てお菓子を作ったり。中高時代も、週末はいつもお菓子作りでした。私にとっては実験と同じように、「次はこうしよう」と考えるのが楽しかったのです。

 そんな母の思い出の味は、団子汁です。大分出身の母にとっての郷土料理で、具だくさんの豚汁に小麦粉のお団子を入れるのですが、その食感がモチモチとしておいしくて。母がそれを作り始めるとすごく嬉しかったのを覚えています。父も築地に鰹節を買いに行って自分で削り、出汁をとって味噌汁やお吸い物にしていました。いま振り返ると、他の家よりも汁ものが多かったように思います。

料理はシンプルでも食生活は豊かな日常

 基本的にスープというのは枠が決まっているので、レシピのアイデアはあちこちに求めていきます。その一つが書物です。『スープの歴史』(原書房)はそのタイトル通り歴史を学べる一冊。さまざまな国のスープを知りたいと昭和30年代に発刊された帝国ホテルの元総料理長・村上信夫さんの共著『スープの本』(婦人画報社)も読み、和食では『辻留 懐石傳書シリーズ 椀盛』(婦人画報社)から多くのヒントをもらいました。

 スープといえば辰巳芳子さんの「いのちのスープ」が有名ですが、私は20代から本を愛読して、作っていました。辰巳さんは「スープは命を支える」という断固とした、素晴らしい哲学をお持ちの方。勝手に、弟子入りした気持ちでいます。

 さらに野菜の切り方を変えてみたり、食材を焦がしてみたりと、レシピを作るときは調理法も考えます。缶詰が人気というので、使えるものはあるかなとコンビニの棚の前でずっと考えることも。基本的に鉄板といわれる食材の組み合わせはあるけれど、それをより細分化したり、少しずつずらしていく。そうやって結果的に決めた組み合わせは、もうひらめきとしかいいようがありません。

 野菜そのものの形の美しさも好きなので、スープ皿のなかに野菜がこう入っているといいなとか、肉団子も大きくしてお皿の真ん中に置いたらどうだろうと、発想も膨らませていきます。そういう盛り付けなどは、大好きな絵や写真の影響が大きい。基本、凝り性なので絵もずっと細密画を家で一人で描いていました。スープ作りもそれと変わらないですね。ずっとコツコツと一人で「どの食材をどう使えばいいか」と、考え続けています。

 今後は、スープにまつわるライフスタイルなどを提案していければと思っています。自宅をリノベーションした際にミングルというオールインワンのキッチンを設置しました。テーブルのサイズは95×95cm、中央にはIHコンロが一つ。シンクもあって、収納棚や食洗機も内蔵されています。そのテーブルで食事もできます。キッチンは多機能ではなくむしろミニマルにしつつも、食生活はより豊かになるようにと考えて設計しました。この小さなキッチンだと、家族の誰もが気軽に料理や片づけに参加できます。

ミングル

 料理を日々作るのは本当に大変です。女性たちの〝できないこと〟への罪悪感を払拭し、シンプルながら豊かな食生活が日常になるといいと、そう願っています。

(構成/鳥海美奈子 撮影/田中麻以)

有賀 薫(ありが・かおる)
1964年東京都生まれ。ライターを経て2011年より9年間約3000日にわたって朝のスープを作り続けている。スープの実験イベント『スープ・ラボ』をはじめスープをテーマにしたイベントを多数主催。著書に『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)など。最新刊『スープ・レッスン2 麺・パン・ごはん』(プレジデント社)が、20年9月11日発売予定。

有賀薫さんをもっと知る
Q&A


1. 理系? 文系?
完全な文系です。大学は国文科で、専攻は谷川俊太郎などの現代詩でした。当時はポスト構造主義が流行りで、そういう本も読みました。

2. お酒は飲みますか?
大好きです。ずっとビールやワインが多かったけれど、最近は日本酒ですね。料理の味を一番膨らませてくれるような気がします。

3. 仕事の必需品は?
鍋とおたま。鍋はル・クルーゼ派です。柔らかいフォルム、カラフルな色合いで幸せな気分になれるから。

4. ストレス解消法は?
常に頭のなかに何か入っている状態なので、仕事で行き詰まったときは近所の公園を歩いて、頭を空っぽにします。あとはサッカー観戦。地元チームの浦和レッズが大好き。今は新型コロナ禍でスタジアムに行けないので、行ける日が待ち遠しいです。

5. 今欲しいものは?
SNSでライブ配信するカメラが欲しかったけれど、買ってしまいました。ヘルシオ ホットクックの最新型ですかね。仕事柄、買って試さなければいけないのですが。

6. 好きな音楽は?
新型コロナ禍で家にいて、音楽をよく聴くようになりました。クラシックやジャズはもともと好きだったけれど、椎名林檎やKing GnuなどJ-POP︎にいまさらハマっています。

7. 思い出深いアルバイトは?
面白かったのが、学生時代の春休みにやったモザイク貼りのアルバイト。工房で、指定されたモザイクの色を置いて、絵を描いていく。それは今も千葉のはにわ台児童公園に置いてあります。私は飲食店で一度も働いたことがなくて、それがコンプレックスです。

8. この仕事についていなかったら何をしていた?
小学生のときはやはり何かを作る人になりたかった。作文も好きでした。絵本作家かな。

9. 最後の晩餐は?
やはりスープですね。味噌汁とかけんちん汁とか、ミネストローネとか。具だくさんのあまり気取らない、決して特別ではない、日々のスープが食べたい。


〈「STORY BOX」2020年9月号掲載〉
〝おいしい〟のバトン no.1 栗原心平さん(料理家)
〝おいしい〟のバトン no.4 稲田俊輔さん(飲食店プロデューサー)