今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『雪旅籠』
戸田義長
創元推理文庫

 第二七回鮎川哲也賞を受賞した今村昌弘『屍人荘の殺人』は、各種ミステリ・ベスト一〇の一位を独占するなど高く評価された。同賞の最終候補だったのが、江戸北町奉行所定町廻り同心で「八丁堀の鷹」の異名を持つ戸田惣左衛門と、対照的に心優しい息子の清之介が難事件に挑む戸田義長のデビュー作『恋牡丹』だった。著者の二作目の捕物帳『雪旅籠』は、『恋牡丹』の姉妹編となっている。

 山本周五郎『赤ひげ診療譚』の第一話「狂女の話」を思わせる「埋み火」は、犯人の動機と犯行を行うメカニズムに独創性があり、事件の切っ掛けが現代とも無縁ではないだけに、とても生々しい。

 暗殺された井伊直弼の警護をしていた男が、直弼を銃撃したとの疑いをかけられる「逃げ水」は、史実の隙間にフィクションを織り込む手法も、シンプルで効果的なトリックも鮮やかである。

 島抜けをした女が、碁を打っている最中に昔の仲間を殺し、惣左衛門が見張っていたのに姿が消え、離れた場所から発見された凶器はなぜか黒く塗られていた「島抜け」。阿漕な商売をしている骨董商が殺されたが、死体があった建物の周囲の雪には足跡がなかった表題作。寺社奉行に追われていた男が天狗のように忽然と姿を消し、短銃を持っていたのになぜか匕首で刺殺される「天狗松」など収録の八作は、トリックも見事だが、それ以上に、周到な伏線を回収して意外な真相を導き出すロジックに圧倒された。

 バークリーやチェスタトンが考案した趣向を、開国による混乱が続く幕末でしか成立しない形にアレンジした作品もあり、ミステリが好きなら思わずニヤリとしてしまうのではないか。謎解きを通して、平穏に見える家族の中に潜む闇、身分や収入で人の価値を判断する愚かしさなど、いつの時代も変わらないテーマを浮かび上がらせたところも秀逸である。

 明治に入って起きた事件を描く最終話「夕間闇」は、武士の時代の終焉を象徴的に描いており寂寥感があるが、どれほど歴史の荒波にもまれても懸命に生きなければならないとのメッセージが明確に打ち出されており、読後感は悪くない。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2020年9月号掲載〉
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