辻村深月さん『闇祓』

辻村深月さん『闇祓』

ホラーの文脈の中で謎と真相を用意しようと考えました

「なんか不快だけれどもその理由をうまく説明できない」という経験をした人は多いだろう。辻村深月さんが新作『闇祓』で描くのは、そんな闇に取り込まれる恐怖。著者初の本格ホラーミステリ長編だ。


誰もが感じるあのモヤッとした不快感に命名

 辻村深月さんの新作『闇祓』は、著者初の本格ホラーミステリ長編だ。本書の帯にある惹句は、〈あいつらが来ると、人が死ぬ〉。あいつらとは一体誰なのか──。

 確かに辻村さんはこれまでも『ふちなしのかがみ』や『きのうの影踏み』といったホラー短編集を発表しているが、長編ホラーは今回がはじめてだ。

「もともとホラーは短編も長編も大好きですが、自分が書く時は短ければ短いほど迫力が出るし切れ味が鋭くなると思って短編を書いてきました。でも、いつかは長編を、という思いがあったんです。それで、数々の名作ホラー作品を送り出してきた KADOKAWA さんから長編の依頼があった時、挑戦するなら今かもしれないと思いました」

 最初は団地を舞台にした話を書こうと思い、あちこちに取材も行ったという。その中で、誰もが身におぼえがあるコミュニティ内の軋轢をホラーの形に書こうと思い立ち、構成を変更することにした。

「執筆の前後に、周囲の人と話していて〝こんなモヤッとすることがあった〟〝こういうことがあって気持ちがざらっとした〟という話題になることがよくあったんです。家族内や恋人間のモラハラや仕事関係のパワハラには当てはまらないけれど、〝それって何かのハラスメントだよね〟と言いたくなるような内容が多くて。理不尽だと感じているのにそこから抜け出せないものについて、総じて〝闇ハラスメント〟と名付けられるのではないか、と思ったところから話の輪郭ができていきました」

さまざまなシチュエーションで描かれる恐怖

 本作は、章ごとに視点人物が変わる。第一章の主人公は、高校生の澪。彼女のクラスに転校してきた要は暗い雰囲気でクラスになじもうとしない少年。委員長でもある澪は教師から頼まれ親切に接するが、要はなんだか態度が怪しい。いつも彼女のことをじっと見つめ、唐突に「今日、家に行ってもいい?」と言ったかと思えば、誘ってもいないのに自宅付近に現れ、次第に澪は要に恐怖をおぼえるようになる。だが、そこから意外な展開が待っている。どうやら、怪異現象としての闇ハラと、それを祓う〝闇祓〟なるものがあるようだ。そう、帯にある〈あいつら〉とは、闇を振りまき、他人を引きずりこむ人々のことなのだ。それは時に、死の連鎖を生むほど悪質なもの。

「第一章でまず、読者に闇ハラの仕組みを理解してもらうことにしました。この章の主人公の澪は気を遣って人に接するタイプで、時に自分に好意があるのではないかと相手に誤解させてしまうところがある。本人も自分がそういうタイプだと自覚しています。そういう子をあえて視点人物に据えることで、闇ハラスメントが起きる状況の基本中の基本を書きました。第二章以降は、システムを分かっていただいた上で、ハラスメントをいろんな形で見せていこうと考えました」

 ちなみに巻頭には、闇ハラスメントの定義が書かれている。

〈精神・心が闇の状態にあることから生ずる、自分の事情や思いなどを一方的に相手に押しつけ、不快にさせる言動・行為。本人が意図する、しないにかかわらず、相手が不快に思い、自身の尊厳を傷つけられたり、脅威を感じた場合はこれにあたる(後略)〉

 つまり、本人は相手を不快にさせようという悪意は持っておらず、むしろそれが良い行いだと思っている場合すらあるのだ。

 第二章以降は、視点人物を変えながらさまざまな闇ハラの恐怖が描かれていくが、どれもハラスメントの内容はもちろん、〈あいつら〉の登場のさせ方も顚末もさまざま。また、どの章も少しずつ不可解な要素が残され、最終章ですべての謎が結びついて驚きの事実が明かされる。

「ホラーにもいろいろな描き方がありますが、私がミステリ作家を名乗りながらホラーを書くなら、やはりホラーの文脈の中で謎と真相を用意しようと考えました」

 また、「フーダニットの面白さも味わってもらえたら」と、辻村さん。確かに、闇に取り込まれている人間が誰なのか、〝犯人〟がなかなか見えてこない章もある。というのも、主人公の周囲の人間も聖人君子ばかりではなく、時にモヤッとする言動をとるから。

 たとえば第二章。主人公の梨津はフリーアナウンサー。夫と小学生の息子とともに、沢渡という若手デザイナー夫婦によって全面リノベーションされた団地に引っ越してくる。ママ友たちと仲良くしようとするのだが、中には明らかに言動が奇妙な人間もいる。一方、同じ団地に住む沢渡の妻とも知りあい彼女の家での集まりに呼ばれるが、周囲の人たちは沢渡夫妻を持ち上げてばかり。梨津が自分の仕事の話をするのも憚られる雰囲気がある。

「沢渡夫婦って謎ですよね。どこか〝この集まりに呼ばれることってステイタスでしょう?〟という態度をとっているところがある。梨津は彼らの中にマウンティングの芽があることに気づきますが、なぜ気づくかというと、梨津の中にもマウンティングの芽があるから。他に、この章で私が書きながら自分でも怖いなと思ったのは、仲間内に不幸があった時の沢渡さんたちママ友グループのLINEのやりとり。外部の人から見ると非常識なんですが、その人たちの間ではそれが常識になっている。ああいうことは私たちの日常にたくさんあると思います。みんなちょっとずつ、闇ハラの芽を持っているんですよね」

 第三章は職場が舞台だ。中途採用で入ってきた年上の男性をいつも執拗になじる年下の上司。それは難癖としか思えない内容で、同僚たちはいたたまれない思いをしている。

「たぶん第三章がいちばん、読者の方たちも〝自分もこういうことをされたおぼえがある〟〝自分もこういうことをしてしまったかもしれない〟と思う恐怖に踏み込めた気がするんですよ(笑)。攻撃することだけが相手を変容させるのではない、というところが描けたなと思っています」

 第四章は、教室のルールを守ろうとする小学生たちの話だ。

「ルールに支配される状態に巻き込まれていく話ですよね。正義の暴走ともちょっと違う。目的のためにルールがあるはずなのに、だんだん麻痺してルールを徹底的に守ることが目的になっていく。でも、決められたルールに従っていれば何も考えなくていいから楽だという人たちもいますよね。これは同調圧力の話でもあるなと思いました」

 共同体内の同調圧力は、辻村さんのこれまでの作品にも通じるテーマでは。

「ああ、そうですね。ホラーを書こうと思っても、そこに対してのアプローチ方法の中に、無意識のうちに自分が長くテーマとして考えてきたものが出たのでしょうね」

些末な嚙み合わなさが、次第に恐怖になっていく

 描かれる闇ハラエピソードの中には、きっとあなたも似たような体験をしたか、もしくは見聞きしたというエピソードがあるはずだ。また、第一章の澪のような従順な性格が、違う形で作用する話もある。何が闇ハラになるのかは分からないのだ。

「紙一重だと思います。闇ハラって、状態なんですよね。状態によって、同じ人でも闇ハラの被害に遭うこともあれば、闇ハラの加害者側になることもある。この小説でも、ごく普通の人でも闇に取り込まれたらどうなるのか分からない、ということはまんべんなく張り巡らせておきました」

 闇ハラする側/される側の嚙み合わなさを思うと、辻村さんの『嚙みあわない会話と、ある過去について』も思い出されるが、

「ああ、今回はあの短編集に通じる怖さもありますね。この小説を書いていて、誰か一人モンスターがいるから怖いことが起きるんじゃなくて、些末な嚙み合わなさが恐怖の対象となっていくんだなと感じたんです。今回は怪異を通じて、人の怖さの方も増大していく様子を描きたかった。実際、現実でもこういう怪異めいた状況って作り出されることがありますよね」

 怪異現象によって引き起こされる闇ハラも、ごく普通の人間による闇ハラも、ゾッとすることには変わりないが、

「普通の人間で闇ハラする人は、まだ言葉が通じるんですよ。でも怪異としての闇ハラを起こす人たちは、合理的に動いていないし言葉が通じない。理不尽さの域が全然違うのだと心がけ、そこは差別化して、ただ単におかしな行動をする人たちが怖い、という書き方にならないように気をつけました。たとえ闇ハラする人でも、そういう行動をとってしまう人たち本人は悪意を持っているわけではないし、自覚もしていない。なのに自分のまわりから人が離れていってしまうんですよね。そうした彼らの気持ちを頭の片隅に置きながら、その切実さも書こうと思っていました」

 周囲からいい人だと思われていたのに、状態が変わったことで闇ハラを働くようになり、毛嫌いされるようになるケースも描かれる。

「こうした場合、周囲の人の気持ちが一気に変わってしまっても、責められないなと思います。昨日まで仲良くしていた人に闇ハラされて距離をとった場合、事情の分からない周囲は〝薄情だ〟と言うかもしれません。でも、気持ちや距離感を変えることでしか守れないものもある。ただ、人ってまだらなんですよね。いい人だと思っていたのに駄目なところが見えたとしても、その人自体が駄目というわけではない。その人の行動のその部分だけが駄目なのであって、他の部分は駄目じゃないという場合もあると思います。なのに、ひとつ気にくわないことが出てきたら相手の属性までけなす登場人物も出てきます。そういう変わり身の残酷さをホラーの中で描くのは、書きごたえがありました」

闇ハラから逃れる方法は

 辻村さんにとって、ホラー小説における恐怖とは、どういうイメージなのか。

「全力で逃れたいと思うような恐怖が襲ってくる、というのがひとつの基準なのかなと思います。私の好きなホラー作品って、たとえば『リング』ならビデオを見てしまったら貞子が出てきて逃れ方が分からないし、『呪怨』ならその家に入ってしまったら伽椰子と俊雄くんがついてくる(笑)。今回も、振り切れない、という感じを出したいと思いました」

 読み進めるうちに、ここで描かれることすべてが怪異現象であってほしい気もしてくる。それならば祓ってもらえば、抜け出せるのだから。しかしエピローグを読み終えて本を閉じた後は、闇ハラは自分たち自身の日常の中に蔓延しているのだとつくづく実感してしまう。実際似たような体験を思い出す人は多いようで、

「この本を読んだいろんな方が、自分の闇ハラ体験を教えてくれるんですよ。第二弾、第三弾も書けそうなくらいです(笑)」

 現実社会において闇ハラを遠ざけるためには、自分で闇を祓えるくらいの精神力と判断力を持つしかないのだろう。

「作中の人たちは、闇を祓ってもらわなかったら、いつまでもその状態にいると思います。ただ、今回、祓われた後の人物も登場させましたが、書いていてすごく強くなっているな、と実感したんです。自分は闇ハラに取り込まれやすい、危うい人間なんだという自覚を持ったことで精神的にも何かが変わったんでしょうね。そのあたりに救いを見出して読んでもらえたら嬉しいです」
 

闇祓

『闇祓』
KADOKAWA

 

辻村深月(つじむら・みづき)
1980年山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。『嚙みあわない会話と、ある過去について』『傲慢と善良』『琥珀の夏』など著書多数。

(文・取材/瀧井朝世 撮影/浅野 剛)
「WEBきらら」2021年12月号掲載〉

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