スペシャル企画 辻村深月さん『ロボット・イン・ザ・ガーデン』劇団四季ミュージカル観劇記

劇団四季「ロボット・イン・ザ・ガーデン」

 劇団四季オリジナルミュージカル『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(原作は小学館文庫)の福岡公演開幕を記念したスペシャル企画の第2弾は、辻村深月さんの観劇エッセイです。
 劇場に入り、舞台にちょこんと座るロボットの姿を見た途端、喜びと興奮に包まれたという辻村さんは――


劇団四季会報誌「ラ・アルプ」2021年1月号より
「心の旅」
『ロボット・イン・ザ・ガーデン』を観劇して――

 誰も予想しえなかったコロナ禍に見舞われた2020年、感染予防のためのさまざまな対策と工夫を経て、観劇が私の日常に戻り始めた秋に『ロボット・イン・ザ・ガーデン』を観に行った。

 本当に誰にとっても大変だった昨年に新作のミュージカルを上演する、という劇団四季の心意気とそこに託す思いのようなものに胸打たれ、会場に入る前から胸がいっぱいになった。劇場前には私と同じ思いに駆られてか、ポスターの前で静かに何枚も写真を撮るお客さんの姿もたくさん見られた。

 このポスターがまた、いい。主人公と思しき男性と、低いところで手をつなぐ古びたロボット。一体どんな物語がこれから始まるのか──とわくわくしながら劇場に入り、目に飛び込んできた舞台の美術に圧倒された。古さと新しさ、SFとリアルが入り混じるセットの中に、顔をうつむけてちょこんと座るロボット。その姿を見た途端、「ああ、劇団四季を観に来た!」という喜びと興奮に包まれた。

 舞台は、AI(人工知能)の開発が進み、アンドロイドが人間にかわって家事や仕事などさまざまな作業をこなすようになった近未来。

 物語は、両親を失ったことで人生に生きる意味を見出せなくなった主人公ベンの家の裏庭に、ボロボロで壊れかけたロボット・タングが迷い込んできたことから始まる。手のかかる子どものようなタングにせかされる形で、ベンは彼とともに、タングを修理するための旅に出る。イギリスを出発し、アメリカのカリフォルニア、ヒューストン、日本の秋葉原、そしてパラオへ──。

劇団四季「ロボット・イン・ザ・ガーデン」

 彼らと一緒に、客席の私たちも劇場から旅に出る。コロナ禍で、物理的な移動が困難になってしまった世の中にあって、心を彼らのもとに飛ばせることの喜びたるや、凄まじかった。舞台を通じての心の旅には制限がない。想像力は誰にとっても自由なのだとベンとタング、彼らが出会う人々の歌声から励まされる思いだった。

 さまざまな出会いを通じて、ベンは、自分の愛する人たちに思いを馳せる。旅に出たからこそ、これまで自分がいた場所について見つめ直すことができたのだ。人が作りだした存在であるロボットやアンドロイドを通じて「何が人間らしい人生なのか」を問い直すロードムービーは、私たちを、さらに現実を超えた遠い場所にさえ連れ出してくれる。

 たとえば、それは現実の秋葉原以上の秋葉原。たとえ物理的な移動ができたところで絶対に辿り着けないエネルギッシュな秋葉原は、この舞台の物語上でだけ現れるものだし、そういうところが演劇のすばらしさでもある。海外から見る〝Akihabara〟のイメージを、地元日本から鮮やかに応えて打ち返す、そのかっこよさにも拍手喝采の思いだ。

 他にも、彼らが旅する大きなもの。それは時間と記憶。両親を失ったベンの大きな喪失感とそこからの再生を通じ、タングと一緒に再起動する人生の中で、物語の終盤、舞台のそこかしこに、いなくなってしまったはずの彼の両親の面影が見えてくる。これまでもそこにあったものに、長い旅を経たからこそやっと気づくことができたのだ。

 公演プログラムによると、劇団四季の吉田社長がこの作品の台本を最初に読んだのは出張中の新幹線の車内だったという。横浜の本拠地に戻るやいなや、「『ロボット』の第一稿、読んだ!? 早く読んだ方が良い。すごいんだ。泣きそうになるよ」とやや熱に浮かされた様子で話した、というエピソードが紹介されていて、それを読んだ途端に、私もなんだか泣きそうになった。ああ、皆、演劇が大好きなのだ。心を遥か遠くに飛ばす舞台の最初はきっと、いつだってそんなふうな情熱からできている。

 新しい年になって、東京・自由劇場、福岡公演と『ロボット・イン・ザ・ガーデン』の旅はまだまだ続く。皆さんにもぜひ、彼らの旅にともに出発してもらいたい。

 ぎこちないのになめらかな、唯一無二のタングのかわいい動きにも要注目です!

 

辻村深月さん

辻村深月(つじむら・みづき)
小説家。1980年生まれ。2004年「冷たい校舎の時は止まる」でメフィスト賞を受賞してデビュー。『ツナグ』で吉川英治文学新人賞を、『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。『かがみの孤城』が2018年本屋大賞第1位に。著書に、『凍りのくじら』『朝が来る』『青空と逃げる』『ハケンアニメ!』『東京會舘とわたし』ほか多数。新作『琥珀の夏』を6月刊行予定。

(辻村さん写真/土佐麻理子 舞台写真/山之上雅信、樋口隆宏)


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