千葉ともこさん『戴天』

千葉ともこさん『戴天』

私が書くなら、自己犠牲の英雄にはしたくない

 二〇二〇年に松本清張賞を受賞したデビュー作『震雷の人』で骨太な中国歴史絵巻を披露し注目された千葉ともこさん。待望の新作『戴天』は前作に続き、唐の時代の安史の乱がモチーフ。前作とは登場人物も切り口も異なる本作で描こうとしたものとは?


唐の時代と今の日本を重ねて

 まだデビュー二作目なのにこの完成度! そう驚かせるのが、千葉ともこさんの新作長篇『戴天』だ。二〇二〇年に松本清張賞を受賞した『震雷の人』に続き、中国・唐の時代に起きた安史の乱が大きな題材だが、前作と本作では主要人物はまったく異なる。これがもう、視点を変えながら二転三転する展開で、何度も驚き、胸を熱くさせる内容となっている。

「『震雷の人』は安史の乱を辺境にいる人の視点から描き、『戴天』では中央にいる人たちの視点から書こうと思いました。実は『震雷の人』の前に、『戴天』の第一章、タラス河畔の戦いの場面は短篇として書いていたんです。私の中では安史の乱前後の長い話がすでに出来上がっていて、そこから切り取って書いている感覚です」

 玄宗の時代、唐は開元の治と呼ばれ絶頂期を迎えるが、その後官僚の腐敗や玄宗が楊貴妃に入れあげたことなどから揺らいでいく。七五一年には、タラス河畔で唐とアッバース朝の間で戦闘が起き、高仙芝が率いた唐軍は甚大な損害を被る。そして七五五年から始まったのが、節度使だった安禄山と、史思明らが起こした安史の乱だ。

 もともと中国史が好きだったという千葉さん。特に唐は好きな時代だという。

「長く公務員をやっていたのですが、日本の行政機構の基本って唐の律令や制度を参考に作られているので、当時の中国の資料を見ると役職名や機構の仕組みが同じで、遠い気がしなくて。それに、奈良時代や平安時代初期の服装は唐からやってきたものなので、そこにも親近感がわきます」

 安史の乱の前後の情勢と昨今の日本には、重なる部分を感じるという。

「私の世代は小学生時代がバブル期で、大人たちを見ても華やかで景気がよくて明るい印象でした。でもある時突然、大人たちの会話が暗くなって。自分が就職活動する頃にはもう氷河期でした。唐も文化的、経済的に絶頂期だったのが、安史の乱が起きてがくっと変わり、それ以降何代か続くものの傾き、元の豊かさには戻れなくなる。日本のバブル期も開元の治も、危うさの上に成り立っていたところは同じですよね。唐でいうなら軍事制度にしても、府兵制が崩れて節度使を辺境警備にあたらせていたけれど、漢人が軍功をあげると出世させないといけないので代わりに外国人をおくという、官僚の思惑があったりしました。それで節度使となった外国人の安禄山に権力が集中し、国を盗ってやろうという動きが始まったわけです。玄宗が楊貴妃に溺れたからといったひとつの理由ではなく、いろんなものが組み合わさって国が傾いた。そこは意識して書きました」

これまでとは異なる英雄像を託して

 山東貴族の名門の息子、崔子龍は友人の裏切りで陰部を欠損し、失意のままタラス河畔の戦いに従軍するが、宦官・辺令誠の策略にはまって退散。それから約四年後、崔子龍と部下の兵たちは困難の末に長安に戻り潜伏する。一方、僧侶の真智は、亡き義父のため宰相の不正を糺そうと一計を案じている。そんな彼が窮地に陥った時、救いの手を差し伸べたのは楊貴妃付きの女性奴隷、夏蝶だ。やがて安禄山が地方で挙兵、反乱軍はじわじわと長安に迫ってくる──。崔子龍、真智、辺令誠、そして夏蝶らの運命が意外な形で絡まり合う。

「デビュー作の『震雷の人』を出して不安だった時に、読者の方から〝勇気をもらった〟というお手紙をいただいたんです。私のほうがすごく勇気づけられたので、二作目は勇気を二倍にして返そうと思いました。じゃあ何を書こうかとなった時に、自分にとって噓のないものを書こう、って。自分が本当に感じてきた恐怖とそれに対する勇気を書こうと思いました」

 この作品では英雄を描きたかったという千葉さん。しかしそれは、旧来のヒーロー像とは違う。

「崔子龍は、当時の家柄の格付けで皇帝よりも上になるような山東貴族のお坊ちゃまですが、身体を欠損してコンプレックスを持って育ち、宦官たちと一緒に底辺の人としての扱いも受ける。持っている側の立場と、持たずに虐げられている立場、両方の苦しみも主人公の視点として持たせたかったんです」

 僧侶の真智に関しては、

「自分にとっての英雄とはなんだろうと考えた時、自分を大切にできる人だな、と思って。私も小さい頃から自己犠牲の美談を聞いたりしましたし、公務員時代の特に入庁したての頃には手当てがなくても時間外で働くことが事実上、美談とされてきました。でも、実際に滅私奉公のようなことが本当に良かったのかというと、それでどれだけ私の世代の人生が潰されてきたか、と思うんです。ですから私が書くなら、自己犠牲の英雄にはしたくないと思い、真智の言葉として〝独尊〟というキーワードを置きました。この小説で仏教を書くため原始仏教まで調べて、私の仏教の理解はまだ浅いとは思うのですが、お釈迦様の言う〝独尊〟は、自分は尊くて大事な存在で、だからあなたも大切なんだ、という言葉だなと思ったんです。真智はそういう姿勢の英雄として書きました」

 一方、策略にたけて恐ろしいのは辺令誠だ。実在した人物であるが、胡人(外国人)であることや宦官となった経緯、タラス河畔への従軍などは創作だという。

「辺令誠に関してはあまり資料が残っていないんですが、史書に載っている行動だけ見ると一貫性がないんです。特に高仙芝との関係を洗っていくと、なぜここでこう行動したのに、あそこではこう行動したの? と疑問点がたくさんある。そこから創作していきました」

 この辺令誠については、千葉さんが過去に実際に感じた〝恐怖〟を書こうと思ったという。

「人は知らず知らずに権威に支配されて、自分の考えを持たなくなってしまう。身近な例でいうと、組織の中間管理職が、部下に労基法に違反するような良くない働かせ方をしていたことが分かったときに、その部下を守るために動こうとせず、〝自分は上に言われた通りにやっているだけ。命令違反をしろというのですか〟と言ったこととか。ただ権威に従うだけで誰も自分のせいだと言わなくなり、洗脳されていく。そうした部分を書きたかったんです。崔子龍も辺令誠もどちらも権威に苦しんでいますが、崔子龍の場合は人の話を聞かないし、辺令誠の場合は人の顔が見えなくなっている。どちらにも、力対力のしがらみから抜け出してほしい、という思いでした」

千葉ともこさん

 崔子龍も宦官の辺令誠も男性器を欠損しており、真智は僧侶である。主要人物たちをこうした人物にしたのは、

「権威の一面として、男性性があると思っていました。働いている頃、ホモソーシャルな狭い組織の中で男性自身も生きづらそうだと感じていたんです。やせ我慢は本当の強さではないし、辛い時は辛いと言っていいんじゃないか、というところは書きたかったです。それで崔子龍や宦官のように狭い世界で生きづらさを抱える存在と、僧という不羈の世界にいる存在を出しました」

 一方、女性たちも活躍する。『震雷の人』でも女性たちの姿が痛快だったが、

「女性がすごく強かったことも、私がこの時代を好きな理由です。この頃はまだ女性も馬に乗る時に跨っていたんですよ。唐のあと次第に纏足の時代に入り、女性は走れなくなるし、馬に乗る時も横座りするようになるので」

 実は何人かにはモデルがいるのだという。

「夏蝶は公務員だった頃のひとつ下の後輩女性。力に力で返すのではなく冷静に対応するような、強さと勇気のある人です。少しだけ出てくる、額に三日月形の傷を持った女将は子どもの頃にお世話になった人がモデルです。権威に支配されている人にも負けない人で、私が大人になって再会した時はすごく勇気づけられました」

 女性たちでは他に、唐朝の幼いひめ、小瓊のとある行動も印象に残る。

「今回は三日月の形の傷を持つ女将、崔子龍たち、小瓊たちの三世代を出して、受け継がれていくものも書きたかった。幼い少女にも、自己犠牲的な行為は英雄ではないんだ、というところを見てほしくてあの場面を入れました」

 他にも個性的な登場人物が続々登場。世界史を習った人ならニヤリとするのは、タラス河畔の戦いの際に従軍した紙漉工、知紙が紙占いで「(自分は)これから敵の捕虜になるのです」と予言する場面なのでは。

「異説もありますが、タラス河畔の戦いで中国の紙漉工が捕虜になったことから西側に製紙技術が伝わったと言われているんですよね。それを知っている人には読んで〝あ、この占い当たってる〟と思ってもらえるかな、って(笑)。それに、逃れられない運命があると知った時に人はどうするか、といった部分も書きたかったところなんです」

中国史の知識はなんと、すべて独学

 ここまで史実を踏まえて描き切るとは、学生時代に中国史を専攻していたのかなどと思ってしまうが、まったくの独学だという。

「幼い頃はじめて読んだ児童書ではない小説が、酒見賢一さんの『後宮小説』でした。それにハマって私の人生が変わったというか(笑)。中華ファンタジーから入って中国がすごく好きになり、学生時代には夏休みを使って二か月くらい湖南大学に留学しました」

 意外にも、大学で専攻していたのは演劇史、それも新劇だという。

「自分でも演劇をやっていて、卒業後も劇団に入って演出か台本をやりたかったんです。でも、就職氷河期でほとんど枠がなくて。それで、小説なら自分一人で演出も照明も役者もできるなと思い、小説教室に通いながら書き始めました」

 教室では中国の時代もののほかに、現代小説の短篇も書いていた。そして、長編としてはじめて書いた『震雷の人』でデビューを決めた。安史の乱についてはもう一作書きたいという。

「この乱は終わるまでに九年もかかっているんです。だから、この乱以降に育った世代は、豊かだった頃を知らない。それはバブル期以降に育った世代と重なりますよね。次は、この乱を終わらせる話を書きたくて。実際、安史の乱って唐が長安を奪還した以降はあまり知られていませんが、ドラマティックなことが沢山あるんです。それに安禄山も史思明も結局、自分の子供に殺されたんですよね。安禄山を殺した安慶緒はろくでもない男で、史思明を殺した史朝義は優等生だったみたいに言われていますが、父を敬愛していた安慶緒と毒親サバイバーの史朝義という設定で、父親殺しの意味合いをまったく別なものとして描きたい。戦争を終わらせようとする動機もいろいろなので、そうした、いろんな立場をぶつけるイメージです。うまくいくか分かりませんが、来年にはなんとか出せたら……と思っています」

戴天

『戴天』
文藝春秋

千葉ともこ(ちば・ともこ)
1979年、茨城県生まれ。筑波大学日本語・日本文化学類卒業。2020年、『震雷の人』で第27回松本清張賞を受賞しデビュー。

(文・取材/瀧井朝世 撮影/浅野 剛)
「WEBきらら」2022年7月号掲載〉

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