【『現代思想入門』など】現代思想を学ぶための、とっておきの入門書3選

現代思想に興味が湧いて哲学書を読もうとしたものの、難解すぎて読み通すことができなかった……、という経験をしたことがある方は多いのではないでしょうか。今回は、いま話題を集めている千葉雅也の『現代思想入門』をはじめ、フランス現代思想や現代哲学についてわかりやすく知ることができる、おすすめの入門書を3冊ご紹介します。

“現代思想”という言葉に、みなさんはどのようなイメージを持っていますか? 哲学書を日頃から読み慣れている方以外は、おそらく「ややこしくて難解そう」「どこかとっつきにくい」という印象なのではないでしょうか。

“現代思想”とは、おもに1960年代~1990年代にかけて、フランスを中心に展開された哲学および思想のことを指します(より広く、2000年代以降の社会批評などをここに含めたり、フランス圏以外の思想を含むこともあります)。

中には、かつてデリダやフーコーといった哲学者による学術書にチャレンジしてみようとしたものの、どの書籍から手を伸ばせばよいかわからなかったという方や、必要とされる前提知識が多く、読破できなかったという方もいるかもしれません。

そこで今回は、現代思想史を俯瞰できる本や構造主義の基礎を知ることのできる本など、現代思想にまつわる良質な入門書のみをセレクトし、その内容と読みどころをご紹介します。現代思想をこれから学びたいと思っている方は、ぜひ本選びの参考にしてください。

『現代思想入門』(千葉雅也)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B09V1134H7/

『現代思想入門』は、日本の現代哲学を牽引する哲学者・千葉雅也が2022年に発表した1冊。本書は、1960年代以降の「ポスト構造主義」の哲学の流れを振り返りつつ、そのエッセンスをわかりやすく抜き出して解説する現代思想の入門書です。ジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ、ミシェル・フーコーという3名による哲学を中心に、現代思想の大まかなイメージをつかむことを目標としています。

哲学関連の新書や学術書は、たとえ“入門書”と銘打っていても、実際には難解な表現が注釈なしで用いられていたり、わかりにくい言葉遣いが多用されていることも珍しくありません。しかし、本書の文章はとにかくわかりやすく、哲学に興味を持ち始めた高校生や大学生でも難なく読み進めることができるほど、平易な言葉で書かれています。

千葉は、いま現代思想を学ぶ意義は、“単純化できない現実の難しさを、以前より「高い解像度」で捉えられるようになる”ことにあると語ります。

“現代は、いっそうの秩序化、クリーン化に向かっていて、そのときに、必ずしもルールに収まらないケース、ルールの境界線が問題となるような難しいケースが無視されることがしばしばである、と僕は考えています。何か問題が起きたときに再発防止策を立てるような場合、その問題の例外性や複雑さは無視され、一律に規制を増やす方向に行くのが常です。それが単純化なのです。(中略)
そこで、現代思想なのです。
現代思想は、秩序を強化する動きへの警戒心を持ち、秩序からズレるもの、すなわち「差異」に注目する。それが今、人生の多様性を守るために必要だと思うのです。”

現代思想が志向する“二項対立を脱構築した上で、ラディカルに「共」の可能性を考え直す”ことこそが、“人生の多様性を守る”ことにつながると千葉は述べます。その上で、デリダの哲学を「概念の脱構築」、ドゥルーズの哲学を「存在の脱構築」、フーコーの哲学を「社会の脱構築」と区分けし、それぞれの哲学の詳しい説明へと分け入っていくのです。

また、本書は各哲学・思想の概説のみならず、現代思想の難解な文章を読みこなすコツをも伝授してくれます。末尾に収録されている『現代思想の読み方』では、

“①概念の二項対立を意識する。
②固有名詞や豆知識的なものは無視して読み、必要なら後で調べる。
③「格調高い」レトリックに振り回されない。
④原典はフランス語、西洋の言語だということで、英語と似たものだとして文法構造を多少意識する。”

という4つのポイントを挙げ、難解に感じる哲学書や学術書は、まずこの4点に注目して読み進めるとよいと提案しています。より専門的で読みづらい本への架け橋となってくれる本書は、まさに哲学入門書の決定版と言える1冊です。

『はじめての構造主義』(橋爪大三郎)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4061488988/

『はじめての構造主義』は、言語派社会学、宗教社会学の第一人者でもある社会学者の橋爪大三郎による新書です。本書はタイトル通り、1950年代に登場した「構造主義」の思想を、そのルーツや発展とともに詳しく紹介しています。

構造主義は、千葉の『現代思想入門』が中心的に取り扱っていた「ポスト構造主義」よりひと世代前の、いわば現代思想の土台となった思想。橋爪は本書の前段で、構造主義をこのように評価しています。

“(前略)まずなにより、異なる集団、異なる社会、異なる文化に属する人びと同士でも、相手を自分たちと区別せずに対等な人間と認めることのできる、能力をもつことが前提になる。この能力なしに、ほんとうの人間主義は成り立ちようがない。
構造主義こそ、人類学や言語学の方法を用いて、この能力を最大限に拡げようとしたものだ、と言えるだろう。構造主義は、歴史を否定するついでに、西欧的ないみでの「主体」や「人間」を否定するので、反人間主義ときめつけられることが多かった。しかしそれは、否定のための否定でない。むしろ、西欧を中心としてものをみるのをやめ、近代ヨーロッパ文明を人類文化全体の拡がりのなかに謙虚に位置づけなおそう、という試みだ。”

構造主義は、比較方法論を用い、さまざまな文化や言語を“共通の構造(パターン)”によって解き明かそうとするものです。構造主義は哲学のみならず、言語学や社会学、人類学を横断する思想のため、深く理解するためには幅広い分野の知識が必要になります。橋爪はこうも語っています。

“構造主義にいちばん縁が深いのは、人類学でも言語学でもない。じつは、数学なのだ!
ところがどういうわけか、わが国で紹介された構造主義は、そこがわかりにくい。<構造>と数学のつながりがすっぽりぬけ落ちている。”

本書は、構造主義の生みの親であるレヴィ・ストロースの思想上の系譜をたどるとともに、橋爪が「構造主義の源泉」と語る数学の発展についての歴史、そして同じく構造主義に大きな影響を与えた西洋の遠近法の考え方などを順を追って見ていくことで、構造主義の基礎的な考え方をざっくりと学ぶことができるような構成になっています。

また、本書の末尾では、レヴィ・ストロースの思想以外にも、フーコーやロラン・バルト、ジャック・ラカンといった構造主義に関わる人々、またレヴィ・ストロース批判をおこなったジャック・デリダの思想や著作についての概要も紹介しています。千葉の『現代思想入門』とあわせて読むことで、1950年代以降の哲学の大まかな流れと各哲学者の思想は掴むことができるはずです。

『暇と退屈の倫理学』(國分功一郎)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B09MT5GQC4/

『暇と退屈の倫理学』は、現代思想や17世紀哲学を専門とする哲学者・國分功一郎による1冊です。2011年に発表され、第2回紀伊國屋じんぶん大賞を受賞した本書は、哲学書にあまり触れたことがない読者たちからも大きな支持を集め、ベストセラーとなりました。本書は現代思想のルーツや流れを解説する書籍ではないものの、哲学的な思考を育み、現代思想を含む哲学に関心を持つ大きなきっかけとなるような名著です。

本書が扱うテーマは、現代人が常に抱えている「」や「退屈」です。國分は本書の第1章で、文明によって社会が豊かになり、時間的な余裕が生まれたことで、富める国の人々はなにを手にしたのだろうか──と問いかけます。

“富んだ国の人たちはその余裕を何に使ってきたのだろうか? そして何に使っているのだろうか?
「富むまでは願いつつもかなわなかった自分の好きなことをしている」という答えが返ってきそうである。たしかにそうだ。(中略)
ならば今度はこんな風に問うてみよう。その「好きなこと」とは何か? やりたくてもできなかったこととはいったい何だったのか? いまそれなりに余裕のある国・社会に生きている人たちは、その余裕を使って何をしているのだろうか?
こう問うてみると、これまでのようにはすんなりと答えが出てこなくなる。もちろん、「好きなこと」なのだから個人差があるだろうが、いったいどれだけの人が自分の「好きなこと」を断定できるだろうか?”

國分は、広告やセールスの言葉によって初めて自分の欲望を自覚するような現代人にとっては、主体的に“好きなこと”を選ぶ行為自体が困難になっていると指摘します。そして、そんな状態にある現代人の“暇や退屈”に巧妙につけ込んでくるものこそが、資本主義だと言うのです。

“暇を得た人々は、その暇をどう使ってよいのか分からない。何が楽しいのか分からない。自分の好きなことが何なのか分からない。
そこに資本主義がつけ込む。文化産業が、既成の楽しみ、産業に都合のよい楽しみを人々に提供する。”

このような前提に立った上で、私たちがどのように目の前の暇や退屈に向き合っていけばよいかを、國分はさまざまな哲学者の思想や言葉を援用しつつ考えていきます。

本書の最大の特徴は、軽やかで洒脱なエッセイ調の文体と、巧みな構成にあります。哲学を入り口にするのではなく、“暇や退屈”という誰にとっても身近な問題をきっかけにさまざまな思考を深めていく手さばきは、非常におもしろく鮮やかです。本書を出発点にしてハイデッガーやスピノザといった哲学書に手を伸ばしていくのもおすすめです。

おわりに

今回は、「現代思想はとっつきにくい」という従来のイメージを覆してくれるような、読みやすくておもしろい現代思想・哲学関連の入門書をご紹介しました。構造主義・ポスト構造主義といった現代思想の源泉を知ることは、カルチュラル・スタディーズやフェミニズムといった、20世紀後半から盛り上がりを見せてきた思想・運動への理解を深めることにもつながります。

今回ご紹介した3冊には、次に読むべき本のブックガイドや引用文献の詳しい紹介などもついています。これまで哲学書には食指が動かなかったという方も、哲学書デビューの1冊として、ぜひ手を伸ばしてみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2022/06/29)

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