森 バジルさん『なんで死体がスタジオに!?』*PickUPインタビュー*

森バジルさん『なんで死体がスタジオに!?』*PickUPインタビュー*
 2023年の松本清張賞受賞作『ノウイットオール あなただけが知っている』の作中でさまざまなエンタメジャンルを書き分け、エンタメ作家としてのポテンシャルを感じさせた森バジルさん。待望の第二作『なんで死体がスタジオに!?』(2024年6月26日発売)はテレビの生放送中に状況が二転三転していくコミカルでライトなミステリだ。その発想のきっかけは?
取材・文=瀧井朝世

 昨年、『ノウイットオール あなただけが知っている』で第三十回松本清張賞を受賞しデビューを果たした森バジルさん。受賞作はひとつの街を舞台にして、推理小説、青春小説、科学小説、幻想小説、恋愛小説という異なるジャンルの五篇が見事に繫がっていく内容だった。そのため刊行後、周囲から「次はどのジャンルを書くのか」と訊かれることが多かったのだとか。

「そう訊かれるうちに、自分の中で次はジャンルにこだわらないようにしようという気持ちが強くなっていきました。ミステリだとか青春小説だとかを決め込んでしまわず、書きたいものを書こうという意識が固まっていったんです」

 第二作『なんで死体がスタジオに!?』は、テレビ局が舞台。ゴールデンタイムのバラエティ特番の生放送直前のスタジオで、出演者の一人が死体で見つかるが正体不明の犯人の指示で放送を開始せねばならなくなり……という内容。軽妙な会話でテンポよく話が進むうち、事態は思わぬ方向へと進んでいく。

「あくまでも今回はコメディで、そこにちょっと謎解き要素がある、という話を考えていました。以前コージーミステリという言葉を知って読んだジャナ・デリオンの『ワニの町へ来たスパイ』が一ページに一回は笑える箇所がある小説で、こんな話を書きたいと思ったんです。その影響は受けているかもしれません」

 テレビをこよなく愛するものの不器用すぎて失敗続きの若手プロデューサー、幸良涙花。正念場の生放送の直前、彼女はスタジオの片隅にあった大きな箱から、出演予定だった大物俳優、勇崎恭吾の死体を見つける。しかも死体の傍らには番組の新台本と放送に関する指示、さらに指示に従わないとスタジオの天井に設置された爆弾が起爆するという脅迫文が。幸良はそばにいたADの次郎丸と相談のうえ、死体の存在を伏せてオンエアに挑む。

「生放送という題材に関してはきっかけがあります。前に南海キャンディーズの山里亮太さんのソロトークライブ〈山里亮太の140〉に行ったことがあって。テレビでは放送できない裏話などをいっぱいしてくれて、「公演が終わったら記憶を失う魔法にかかってください」と言われてたんですけれど(笑)、そのなかで朝の帯番組の〈DayDay.〉の、生放送だからこそのハプニングの話なんかもあって。その時、生放送というシチュエーションって、めちゃくちゃ面白いな、とふわっと思っていたんです」

森バジルさん

 スタジオに死体があるという状況だけでなく、番組内容も強烈だ。番組名は「ゴシップ人狼2024秋」。MCの進行のもと、出演者たちがルーレットで指名された順にリアルなゴシップエピソードを語っていくが、その中に噓のエピソードを語る人狼が紛れ込んでおり、参加者は誰が人狼かを当てなければならないのだ。実に突き抜けた設定である。

「現実には起きないようなことを起こせるのが小説なので。今は視聴者が見たいものを見たい時間に見ることができる環境が整っていて、ただテレビをつけてだらだらと流しておくような状態は少ない。そんななかでも、こんな番組あったらSNSで盛り上がるだろうなというものを考えました。最初はワイドショーや記者会見にする案も考えたんですけれど、自分が好きなのはバラエティだし、笑える要素もほしかった。だとすれば『すべらない話』みたいなトーク番組だと思いましたが、そこで笑える話よりもゴシップを話すことにすれば、事件性みたいなものが出せるかなと。人狼はもともと自分がするのも配信を観るのも好きだったので、そのふたつを掛け合わせることにしました」

 視点人物は幸良の他に複数おり、彼らの視点がスピーディーに切り替わっていく。

「『ノウイットオール』が連作短篇だったので、二作目は違うことをしようと思い、長篇にすることにしました。とはいえ制作側と視聴者側と出演者側と、たくさん視点があったほうが面白いはず。それで視点がどんどん切り替わるタイプの群像劇にすることに決め、そこから犯人を誰にするかも考えていきました」

 出演者側の視点人物の一人は、一発屋芸人といわれ今は仕事の減った仁礼左馬。勇崎が死んだことを知らない彼は、番組が進行するなかで、なんとか面白いことを言おうと苦心しつつ、誰が人狼なのか考察を重ねていく。

「実は〝やり直せる〟みたいなテーマもちょっと入れたかったんです。一発屋の人とか、ゴシップを流されて駄目になった人がもう一回立ち上がれるような要素を入れたいというか。それは読者に伝えたいというよりも、そういう要素が入ってて、受け取ってくれる人が少しでもいたらいいなというくらいの気持ちでした」

 もう一人の出演者側の視点人物、バラエティタレントの京極バンビは泰然としている。要領よくリアクションしていく彼女は、この番組をステップアップのチャンスだと思っている。

「最近はトーク番組や配信などでテレビ出演者が裏話や本音っぽいことを語ることも多くて、芸能人も一般のサラリーマンと同じように、キャリアやステップアップを考えているんだなと感じていたんです。ある意味自分もフリーランスの作家として、チャンスがあった時にどれだけ頑張れるかというところがあるよな、などと思いながら書きました」

 さらに視聴者の視点も混じり、場面が変わるたびに少しずつ意外な状況が浮かび上がっていく。読者は「犯人は誰か」「人狼は誰か」という謎を意識しながらページをめくることとなるだろう。

「読者の方にちょっとでも退屈してほしくないという気持ちがあり、なるべくひとつの章の真ん中と最後にびっくりすることを入れようと決めていました。番組内のエピソードトークも、僕自身はそういうのが全然できないタイプですけれど(笑)、ある程度作中作的に読めるクオリティのものを考えようと思いました。ただ、出演者にしても語られるエピソードにしても、実在の人物や出来事とあまりに近すぎると誰かしらに迷惑がかかるので、似すぎているなと感じたら遠ざけるように心がけました」

森バジルさん

 それにしても、幸良が随所で披露する、テレビ番組に関する豆知識があまりに詳しくて笑ってしまう。

「これは調べました。テレビ好きの人がいろんな番組を見た情報をブログにまとめていたり、SNSに投稿しているので参考になりました。僕は全録できる機械があることも知らなかったんですが、幸良もその人たちのように、あらゆる番組を全部録画して見ているような人物にしました」

 そこで実在の番組や芸能人の名前が多々出てくるのも楽しい。

「固有名詞をそのまま使いたい派なんです。テレビ局の名前も、舞台となる局以外は実在の局名にしています。僕の二つ前に松本清張賞を受賞された波木銅さんの『万事快調(オール・グリーンズ)』がたくさん固有名詞を出していて、あの感じがめちゃくちゃ格好いいなと思っていたんです。それで、今回は自分の世代が分かる固有名詞をたくさん出したいな、という思いがありました。『水曜日のダウンタウン』などと書くのは実在の番組のパワーにフリーライドしている感じもあるのでどうかとも思いましたが、でもやはりいろんな実在の番組名などを出すことで現実感を持たせたかったんです」

 ちなみにご自身は、テレビに親しんできたのだろうか。

「僕は宮崎県出身ですが、宮崎ってチャンネルがNHKと民放がふたつだけなんです。なので小さい頃は、大晦日の『ガキの使いやあらへんで!!』も見たことがなかった。それでも『トリビアの泉』などをみんな見て、翌日学校でその話をしていました。小学生の時に福岡に転校したらチャンネルの数が増えて、『ミュージックステーション』や、『NARUTO』『BLEACH』などのアニメが見られるようになり、生活が豊かになった気がしました。その後また転校して宮崎に戻り、またチャンネルが減って。なのでテレビを欠かさず見ていたというよりも、選択肢が増えたり減ったりしたことで、テレビの存在の大きさを痛感したところがあります。大人になってからはあまりテレビは見ていなかったんですが、ここ数年 TVer でいろんなバラエティを見るようになり、それでお笑いが好きになり、テレビの裏側を語る番組もよく見ていたので結果的に今回の小説の参考になりました」

 本作はテレビの力を手放しで礼賛する内容ではない。少しずつ、今の時代にテレビが置かれている状況や問題点も浮かび上がり、さらには視聴者自身のスタンスのありかたにも斬り込んでくる。

「芸能人の不倫の噂などが出ただけで〝前から怪しいと思っていた〟〝前からこう思っていた〟と言いだす人がいるけれど、何の証拠もなく断言するのはどうかと思うし、そもそもあなたはそれをジャッジする立場ではないのでは、とは感じていました。そういうことに一番対抗できるのが物語の力だとも思っていました。これまでに小説でも漫画でも、悪人だと思われた人に実はこんな背景があった、という話はたくさん書かれてきている。でも実際にゴシップがあるとその人の事情や背景を考えようともせず叩きまくる風潮を見ていると、今は物語の力が負けているということだとも感じています」

 痛烈なメッセージをこめながらも、あくまでもコメディを目指した本作。カバーイラストをイラストレーターの maniko さんに描いてもらったのは、森さんの希望だったのだとか。

「今回はガチガチに犯人捜しをする内容でもないし、明るくポップな表紙がいいなと考えていたんです。インスタで maniko さんの絵を見た時、おしゃれだし人物に表情があるし、すごくいいなと思いました」

 デビュー前、新人賞に応募していたのはファンタジー要素のある作品が多かった森さん。今作は非現実的なことが起きるとはいえ、現実社会が舞台だ。

「『ノウイットオール』ではじめて青春小説などの非日常要素、非科学的な要素のない話を書いてみたら意外といけるなと分かったので(笑)、あまり恐怖心なく現実世界のものを書けました。本当は前回書いた五ジャンル全部入っている話にしたかったんです。ファンタジー要素だけはちょっと無理で、SFっぽい要素はほんのちょっとだけ入れています(笑)。この先あまりジャンルにこだわらずに書いていくつもりですが、読んでくれた人にびっくりしてもらいたい気持ちがあるので、やはりエンタメでやっていきたいなと思っています」

なんで死体がスタジオに!?

『なんで死体がスタジオに!?』
森 バジル=著
文藝春秋

森 バジル(もり・ばじる)
1992年宮崎県生まれ、福岡県在住。九州大学卒業。2018年、第23回スニーカー大賞《秋》の優秀賞に選ばれ、文庫『1/2―デュアル―死にすら値しない紅』でデビュー。2023年『ノウイットオール あなただけが知っている』で第30回松本清張賞を受賞。


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