特別インタビュー ◇ 渡辺 優さん『アヤとあや』

 2015年に『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞して以来、意欲的に作品を発表している渡辺優さん。新作『アヤとあや』は、はじめて思春期以前の少女を主人公にした長編だ。誇り高く生きる11歳の少女に訪れた自我の揺らぎを描く本作は、これまででいちばん悩み、改稿を重ねた小説だったという。


誇り高く生きる少女の揺らぎを描く

 自分という存在に、どうか価値があってほしい。11歳の少女が抱くそんな切実な思いが揺れ動く時、彼女の日常はどう変化していくのか。渡辺優さんの新作『アヤとあや』は、子供の成長を描きながらも、どんな年齢の人の心にも深く刺さる自己肯定の物語だ。

「これまで書いたことのない話に挑戦したくて、思春期未満の子供を主人公にしようと思いました。最初はささやかな日常のなかでのちょっとした成長を描いた、ほのぼのした話にするつもりだったんです。でも、自分が子供だった頃を振り返ってみたら、どんどん不自由さや窮屈さを思い出し、そちらに意識がいきました。ただ、窮屈で辛い話は自分でも書いていて辛くなるので、読んでいても辛い話になるかなと思い、窮屈さを乗りこなしていこうとする主人公に変わっていきました」

 6歳の頃から、画家である父親のモデルを務めている亜耶。自分は神秘性を持った、特別な子供だと自覚する彼女は、11歳になった今も誇り高く生きている。彼女が自分をそう思う理由は3つある。1つ目は、父がはじめて自分を描いた絵について、評論家から「神秘的な目」という評価があったこと。

「主人公が画家の娘としてモデルをしている設定は最初からありました。自我が築かれる段階で、〝あなたはこうですね〟と言われると、誰しも自分をそちらに寄せてしまうんじゃないかと思うんです。それで、亜耶も神秘的な子供でいようとしているところがあります。両親の仲が良くない家の子が子供らしい振る舞いをしてかすがい的な役割を演じるような感じで、一人では生きていけないから、求められるキャラクターを演じないとそこにいられないというか。大人だって社会で他人と関わっていくうえで、役割を演じることってありますよね。周りの環境に多くが左右される子供ならなおさら、周りに合わせて演じる部分もあると思うんです」

 2つ目は、弟が生まれたことだ。

「自分がただ一人の子供だった完成された人間関係をアップデートしないといけなくなったんですよね。だからなおさら、モデルをしているという特殊な環境にすがって、そういうキャラクターであろうとしていると思います」

 3つ目は、秘密の友達がいること。相手は、つねに行動を共にしている彩という少女だ。一緒に暮らしているようだが、実は……。

「子供の一人称で話を進める際、受け身なだけにならないように、その子がなんでも話せる相棒を登場させたいと思ったんです。双子という設定にするよりは、もっと自分の内面と向き合うことになる相手にしたかった」

 そう、彩は想像上の存在、つまりイマジナリーフレンドだ。亜耶は彩に対してだけ、なんでも率直に話している。ただ、この彩に関しては、書籍化の際の改稿でかなりキャラクターが変わったという。

「連載の時は、親の期待に添った言動をする亜耶に対して、イマジナリーフレンドの彩は彼女の本心を代弁するキャラクターだったんです。だからざっくばらんな感じの性格でした。でもそうなると分裂が激しいなと思ったんです。よく〝素の自分〟といいますが、一人でいる時の自分が素の自分で、人前での自分は本当の自分じゃないとは言い切れないですよね。表に出している部分だって本当だったりする。なので単純に表向きの顔を持つ亜耶と内側の顔を持つ彩に分けるのでなく、彩という理想の自分を内に持っていて、そのことで亜耶は自信を持って生きている、という方向にシフトしていきました」

11歳の自我の置き所とは

 ところで、なぜ11歳という年齢だったのか。

「私の中で年齢に対する印象が細かくあります。10歳だと幼すぎるし、12歳だと少し自由になることが増えている。11歳はいちばん、親の庇護から抜けられず大きな決断はできないのに、自我は完成されつつある年頃、という印象です。それと、私は小学校5年生の時に、なぜかふと、〝あ、私もう考える能力は大人と同じだな〟と思う瞬間があったんです(笑)。脳の成長が完了して、あとは経験とか知識を増やしていくだけなんだ、という感覚でした。だからこそ、自分の知識や経験のなさ、不自由さに気づきました。11歳で、ようやく物心がついたということかもしれません(笑)」

 つまり亜耶も、自分という存在を再認識する年頃にいるわけだ。学校では特別目立つ存在でもないが、親しい友人のことも冷静に見つめ、誇り高く生きている彼女。ここまで教室内のヒエラルキーや自分への評価を気にせず孤高に生きられるなら楽だなとも思わせるが、そうともいえないようだ。

「実際は小学校の頃はクラスメイトの存在ってものすごく大きいし、友達がいないとすごく困る。亜耶が超越した存在のように振る舞っているのは、裏返せば、本当はそこまで割り切っていないからともいえるんです。周囲のことを気にしているからこそ、自分は特別だと思おうとしている」

 そのためなのか、時に彼女は突拍子もない行動をしてしまう。ある日、校舎の2階の窓から跳んで楽しそうにしている彩を見て「ちょっと特別な感じがする」と思い、彼女自身も飛び降りて怪我をしてしまう。またある日は、学校に一人の男子がナイフを持ってきて生徒の間で騒がれた時、こっそりそのナイフを盗む。

「自分がわりとアスレチック好きな子供だったので、飛び降りる場面はわりとナチュラルなエピソードとして書いたんですけれど、どう読まれるかハラハラしています(笑)。でも、中学の時に本当に2階から跳んだりしている子っていたんですよ。その子はちゃんと着地できていましたけれど。亜耶は怪我をしますが、子供の頃ってなぜか、怪我した子って格好よかったですよね(笑)。子供の頃って格好よさのレパートリーもそんなに選べなかった気がします。大人になったら珍しい品を買ったりお洒落な趣味を始めてみたりと色々できるけれど、子供のうちは自己表現のパターンも限られてしまう」

 ナイフを盗むという行動も、そのひとつ。

「そういえば小学生の時に、不良でもない、いい家庭の女の子が万引きしたことを武勇伝のように語っていたことがありました。そう思うと、わりと一個一個のエピソードは周りであった出来事を寄せ集めて膨らませている気がします。子供のうちは手の届く範囲が狭いし、決められたルールの中で特別なことをするのが難しいから、禁止されていることをやる方向にいったのかなと思います。打ち込める何かがあればそれがいちばんいい方向なのだろうけれど、亜耶は自分に特別な才能なんてないと薄々気づいているんです」

 ちなみに渡辺さんご自身は、小学生の頃はどうだったのか。

「自分もわりと〝変わっているね〟と言われるのが好きな子供でした。完全に褒められていると思っていたんですよね(笑)。変わっていれば人生が特別な方向に開けると思って、そういう言葉を引き出すために何かしようとするところがありました。みんなが可愛いねと言っているものを苦手だと言ったり、その逆を言ってみたり。プラスにもマイナスにもならないようなアピールをしてました。大人になるにつれて、〝変わっている〟というのは必ずしも褒め言葉じゃないと気づきました(笑)」

 怪我をしたことや、ナイフを盗んだことが、亜耶に新たな出会いや関係の変化をもたらしていく。だが同時に、怪我を機に父が自分をモデルに使わなくなってしまい、自信が揺らいでいく──。

〝特別な存在〟から抜け出すまで

 承認欲求や自己顕示欲に突き動かされて、時に妙な行動を選んでしまうことがあるのは、大人だって同じ。本作にも、亜耶の父親が奇をてらった作品づくりをする美大生を馬鹿にする場面がある。〈そういうやつらは、だいたい下手くそ〉〈それで自己満足しちゃうから成長もしないんだよね〉などと、容赦ない。

「そこは書きたいエピソードでした。私としてはそういう美大生を駄目な例というより一般的な例として書きたいと思いました。大学を卒業する頃、友達の友達の友達くらいの人が参加しているグループ展に行ったことがあって。そうしたら6人中5人くらいが食べ物など変わった材料で作品を作っていました。それって、けっこう多くの人が通る道なのかなと思うんです。なので作中で、今は画家として真っ当にやっている亜耶のお父さんも昔はそうだった、とちょっとほのめかしています」

 自分は特別な存在だという気持ちが揺らぎ、大人になれば何かが変わるという希望も持てずにいる亜耶。やがて彼女は彩と真剣に対峙することになる。

「彩とはひとつの決着をつけてほしいと思っていました。ただ、どういう結果になれば希望が持てるのかすごく悩みました。連載の時は最終的に彩のほうが本当の自分だったという結論をイメージしていたんですが、それだと抑圧されていた自分を出せてよかったね、というだけの話になってしまう。でも、改稿を重ねるなかで、先ほど言ったように彩のキャラクターを変えたことが糸口になりました」

 そうして彼女が見つけだしていくのは何か。物語の最後の2行は、一見ポジティブな言葉には見えない。でも、1冊通して読んでこの2行にたどり着いた時、そこに含まれる意味合いはとても前向きで意味深いものに感じられるはずだ。

 今作であえて今まで書いたことのなかった主人公を選んだように、毎回、作品ごとに新たな挑戦を課している渡辺さん。

「似たような話を書いてしまうのを危惧していて。でも書いてみるとやっぱりどれも似ている気がします。それが嫌ということではなく、ポジティブな意味で、自分でできることしかできないんだなと感じます。新しいことをやっても自分自身が書いているということには変わりがないので」

 今までにないほど改稿を重ねた今作。だからこそ、自分の内側から新たに引き出せたものがあったのではないか。

「今回、これについて考えている時間がすごく長かったし、編集者ともものすごく長電話しました。お風呂に入っている時もめちゃめちゃ考えていました(笑)。でも、考えていると出てくるものがあるんですね。諦めなくてよかった。何かを乗り越えられた気がします」

 著者自身も、亜耶と一緒に、成長を遂げたといえそうだ。
 

アヤとあや

『アヤとあや』
著/渡辺 優

渡辺 優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『悪い姉』『クラゲ・アイランドの夜明け』『きみがいた世界は完璧でした、が』など多数。

(文・取材/瀧井朝世)
「WEBきらら」2021年9月号掲載〉

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