著者の窓 第29回 ◈ 古内一絵『百年の子』

著者の窓 第29回 ◈ 古内一絵『百年の子』

マカン・マラン」シリーズや『風の向こうへ駆け抜けろ』などで知られる古内一絵さんの最新作『百年の子』(小学館)が発売されました。今から約百年前に誕生した学年別学習雑誌(学年誌)。その知られざる歩みを、出版社勤務の主人公・市橋明日花の目を通してたどったエンターテインメント長編です。戦争、高度経済成長、そしてコロナの時代。時代とともに変わり続ける児童向けメディアの舞台裏と、世代や立場の違いを超えて響き合う女性たちの姿。力強い感動に満ちた長編について、古内さんにインタビューしました。


学年誌百周年を記念して生まれた小説

──『百年の子』は学年別学習雑誌(学年誌)の百年を描いた長編小説です。学年誌を題材にされたのはどうしてですか。

 小学館の編集者さんから、「二〇二二年に会社が創立百周年を迎えるので、記念作品を書いてくれないか」というオファーをいただいたんです。そもそも小学館は学年誌から始まった会社なので、学年誌も創刊百周年ということになる。それは面白いなと感じまして、ぜひ書きたいとお返事しました。お話をいただいたのは結構前だったんですけど、取材に時間がかかったり他の仕事もあったりして、今年ついに完成したというわけです。

──小学館で学年誌が創刊されたのは、一九二二年のこと。作中にも書かれていますが、こうした雑誌は日本にしか存在していないそうですね。

 今回初めてそのことを知って、非常にびっくりしました。受験雑誌のようなものは海外にもあるんですが、一年生から六年生まで全学年分を違う編集で出していたという例はないんです。それは小学館創業者の相賀武夫さんの哲学の表れですよね。子どもの理解度は学年ごとに異なるから、違った内容で出すべきだという。周囲からは採算が合わないからやめろと猛反対されたそうですが、赤字になってもいいからと学年別にこだわった。その思いが実を結んで、日本に学年誌という出版文化を根付かせたのはすごいことだなと思います。

古内一絵さん

──古内さんの学年誌にまつわる思い出は?

 もちろん読んでいました。私たちの世代はほとんどの子が『小学一年生』を読んでいたんじゃないですか。今みたいにスマホもタブレットもない時代だし、子ども向けのメディアといったらマンガ雑誌か学年誌くらいだったんですよ。小学三年生くらいになってお小遣いをもらうようになると、自分のお金で買っていました。マンガ雑誌と違って勉強のページも載っているので、少しいいものを買ったような満足感がありました。本当はマンガのページが読みたくて買っているんですけどね(笑)。

令和の働く女性たちが直面している大変さ

──老舗出版社・文林館でファッション誌の編集をしていた市橋明日花は、ある日〈学年誌創刊百年企画チーム〉への異動を命じられます。産休を取った同僚をサポートし、カルチャー企画の充実に力を注いでいた自分がなぜ、貧乏くじを引かされるのか。明日花は納得がいきません。

 現代の働く女性たち、特に明日花くらいのアラサー女性に取材をすると、大変な時代に生きているなと感じます。私が社会人になったのは男女雇用機会均等法がスタートした直後で、女性差別もまだひどかった。女性が総合職に就くと「制度の後押しがあるからだ」とはっきり言われるような時代でしたからね。それに比べて今は女性の社会進出も進んで、産休・育休などの制度も整いました。
 しかし私たちの時代にはなかった正規雇用と非正規雇用の軋轢が生まれています。産休・育休などの制度を活用できるのは正社員だけで、非正規職員や子どもを持たない社員がサポートしなければ成り立たない。それで現場がギスギスすると「女って怖いよね」という言葉で片付けられてしまうんだけど、本当にそうなのか。もっと根本的な問題があるんじゃないのか。こうした働く女性たちを取り巻く現状を、明日花と同僚の里子というキャラクターを通して描いてみました。

──明日花は母と祖母の三人暮らし。九十四歳の祖母・スエに育てられた明日花は、獣医師として多忙な日々を送る母・待子に親しみを抱くことができません。この作品は昭和・平成・令和を生きた女性三代の物語でもあります。

 それぞれの時代、女性たちには違った大変さがあったと思うんですよね。スエは「女性に教育なんて必要ない」と言われた世代で、待子は「子どもを産んだら仕事を辞めなければいけない」とされた世代。そして明日花は「出産しろ、仕事も続けろ」と言われている世代。さらに昭和には戦争、平成には震災、令和にはコロナという困難もありました。優しかった祖母、仕事優先で厳しかった母にどんな人生の物語があったか、明日花は初めて知ることになります。家族が生きてきた時代を知るのは大切なことですし、明日花ももうアラサーですから、二人の直面した大変さが理解できる年齢になっているんです。

古内一絵さん

──そんなある日、明日花は文林館の古い社員名簿にスエの名前を見つけて驚きます。農家の娘であるスエがなぜ出版社で働いていたのか。なぜそのことを孫に黙っていたのか。昭和十九〜二十年を舞台にした章では、スエの青春時代が描かれます。

 男性が次々兵隊に取られていき、人手不足を補うためにそれまで家庭に押し込められていた女性たちが、社会に出て働くようになる。小学館の資料室には実際当時の名簿が残っているんですが、それを見ると戦争末期の入社は七割くらいが女性です。戦争ってこういうことなんだ、とあらためて実感しましたし、スエが東京の出版社で働いていたという過去も、この時代状況なら成立すると思いました。

戦争協力した作家たちを責められない

──学年誌の愛読者だったスエは、ひょんなことから文林館に臨時職員として採用され、『少國民のひかり』の編集部で働き始めます。当時の学年誌には軍国主義的な記事が躍り、子どもたちに影響を与えていました。

 小学館の資料室には戦時中の学年誌も保管されているんですが、当時は雑誌用紙が政府によって統制されていて、紙質が悪くてぺらぺらなんです。裏表紙の広告には「撃ちてし止まむ」だとか、「君こそ次の若獅子だ」といった勇ましい言葉が並んでいて、とてもつらい気持ちになりました。私の両親は昭和十年代生まれでもろに軍国少年少女だった世代なんですが、あの学年誌を読んでいたら誰だってそうなりますよ。洗脳に近い形で、国策を子どもたちに植え付けていたわけで、非常に恐ろしいですよね。こうした学年誌の黒歴史についても、正直に書かせてもらえたのはありがたいことでした。

古内一絵さん

──『少國民のひかり』には人気作家の林有美子が「宗六の日記帖」という小説を連載していました。日中戦争の従軍記がベストセラーとなった有美子は、戦争に翻弄された作家ともいえます。

 有美子は林芙美子がモデルで、実際彼女の『戦線』という従軍記は当時のベストセラーになっている。今それを批判するのは簡単ですが、当時、女性が従軍作家に選ばれるというのは大抜擢だったわけですよね。パリ画壇の寵児と呼ばれた藤田嗣治までもが戦争画を描いていた時代に、若い女性作家がそのオファーを断ることができたかといえば、相当難しかったんじゃないでしょうか。私だって引き受けたかもしれない。当時、戦争協力した作家たちのことを、私は責めることができません。国策に従わなければ作品を発表すること自体ができなかったんですから。そしてそのことが、戦後には生涯の汚点として残り続ける。それはなんと恐ろしく、悲しいことだろうと思いますね。

人類の歴史は百万年、子どもの歴史はたった百年

──スエの過去を知った明日花は、企画展にやりがいを感じるようになり、『学びの一年生』元編集長の野山彬にインタビューします。彼の口から語られたのは、昭和四十年代の学年誌をめぐる賑やかなエピソードの数々でした。

 野山彬のモデルである元小学館の野上暁さんは詩や創作童話の連載ページを作って、学年誌の黄金時代を支えたベテラン編集者です。お話を聞くと面白いエピソードばかりなんですよ。たとえば野上さんが新人時代に担当されていた手塚治虫と各社の編集者たちとの原稿をめぐる攻防戦だけでも素晴らしく面白い(笑)。取材をすればするほど魅力的なエピソードが出てくるので、それを一本の物語にまとめるのがかなり大変でした。悩んだ末に三代にわたる女性たちの物語という軸が浮かんで、やっと全体像が見えたという感じでした。

──児童文学を載せるために奔走する野山と、彼の前に立ち塞がるいくつものトラブル。個性的な編集者や作家が織りなすドラマは、お仕事小説としても抜群の面白さを誇ります。大河小説でありながら、エンタメ性もしっかり重視されていますね。

十六夜荘ノート』『鐘を鳴らす子供たち』など、戦争に関する作品はこれまでに何冊も発表しているんですが、あまり知られていない。「古内さんって癒やし系の作家だよね」と言われることが多くて、忸怩たるものがあるんです。全然知られてないんだなって。両親や祖父母が経験した戦争を書くことはライフワークだと思っていますし、デビュー二作目から折に触れて書いてきたつもりですが、一般には知られていない。やっぱり本は読んでもらわないと始まらないので、今回はエンタメとして最後まで読み切ってもらえる作品にしよう、という思いが強くありました。楽しんでもらうために、色々な工夫を凝らしています。

古内一絵さん

──作中、佐野三津彦という児童文学作家が「人類の歴史は百万年。対して、子どもの歴史はたった百年」と野山に語ります。この印象的な台詞は、『百年の子』というタイトルの由来にもなっています。

 あれは私が考えた台詞ではなく、三津彦のモデルである佐野美津男さんの言葉なんです。子どもを一人前の人間として認めるようになったのは、たかだかこの百年のこと。その間、子どもが国家に従属させられ、見捨てられるという悲劇も起こりましたが、大切なのは子どもとは何かを考え続けること。それは私たちの行く末を考えることにもつながる、と佐野さんはおっしゃっているんですね。ちなみに『鐘を鳴らす子供たち』(小学館文庫で同日発売)という作品で、戦災孤児だった三津彦の少年時代を描いています。三津彦の過去が気になった方は、ぜひそちらも読んでみてください。

──さまざまな出会いや気づきを経て、明日花の内面は変化していきます。お互いに理解を深め、連帯しあう女性たちの姿を描いた最終章からは、古内さんの前向きなメッセージを感じました。

 いつの時代にも大変なことはあるんですけど、決して絶望する必要はありません。私は会社員時代、「どうせ女だから」「女のくせに」と散々言われましたが、その後から優秀な女性がどんどん入ってきてくれて、彼女たちにすごく助けられた。今は正規と非正規の間で軋轢が生まれているかもしれませんが、女性だって、この状況がおかしいことに気づいて、世の中の構造自体を変えていこうと協力しあうようになるかもしれない。これからの女性たちには希望を抱いています。
 一方で、過去にどんな困難があったかを忘れてはいけない。私たちが日々好きなエンタメを楽しめるのは、世の中が平和だからです。でもいつまた揺り戻しがきて、自由な表現が制限される時代が訪れるかもしれない。警戒心をなくさないようにしたいと思っています。この小説もそんな思いの表れですが、戦中戦後を描いているからといっても辛いだけの話ではありません。エンタメ性重視で書いていますから、ぜひ多くの方に読んでもらいたいです。


百年の子

『百年の子』
古内一絵/著
小学館

 

古内一絵(ふるうち・かずえ)
東京都生まれ。『銀色のマーメイド』で、第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、2011年にデビュー。17年『フラダン』が第63回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。第6回JBBY賞(文学作品部門)受賞。他の著書に『赤道 星降る夜』、『鐘を鳴らす子供たち』、『最高のアフタヌーンティーの作り方』、『星影さやかに』、『山亭ミアキス』、「マカン・マラン」シリーズ、「キネマトグラフィカ」シリーズ、NHKでテレビドラマ化された『風の向こうへ駆け抜けろ』シリーズなどがある。

(インタビュー/朝宮運河 写真/五十嵐美弥)
「本の窓」2023年9・10月合併号掲載〉

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