古内一絵『百年の子』
『百年の子』に寄せて
『百年の子』は、学年誌百年に挑んだ作品です。
実は学年誌──学年別学習雑誌は、日本にしかない形態の雑誌です。その世界でも稀な学年誌の百年の歴史を追っていくうちに、その変遷は、そのまま日本の子ども文化史の変遷を映し出していることに気づきました。
小学館の資料室に通い、関東大震災を特集した百年前の学年誌から繙いていくのは、とても興味深い作業でした。
北原白秋、室生犀星、佐藤春夫、高村光太郎、林芙美子、吉屋信子、坪田譲二、サトウハチロー……執筆陣も、名だたる文豪、児童文学作家、詩人たちがずらりと名を連ねます。エコール・ド・パリの代表的画家、藤田嗣治が口絵を担当している号もありました。しかし、やがて昭和に入り、日中戦争がはじまると、学年誌の内容も戦時色が強くなります。
太平洋戦争時、大政翼賛会監修の下、「死してのち生きる」と子どもたちに教えていた事実は恐ろしいばかりです。
また、戦後以降は、民主主義に則り、子どもの人権を考える〝近代的子ども観〟に挑んだ先人たちの奮闘の記録もありました。
高度経済成長期には、文豪に代わり、手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫、川崎のぼる等、綺羅星の如くの漫画家たちが登場し、学年誌のページを彩っていきます。
まさしく雑誌は、時代を映す鏡でもあったのでした。
学年誌の編集長を始めとする、多くの方から、当時の貴重なお話をたくさん聞かせて頂きました。一つ一つのエピソードが面白すぎて、それを一本の物語に紡ぐことが難しく、あまりに考えすぎて、鼻血を出したり、胃炎になったりしたほどでした。
作者がどれだけ頑張ったかは、本来、物語とはまったく関係がないのですが、この作品に関しては、文字通り、満身創痍、全身全霊で書きました。
一年間かけて執筆した、久々の書き下ろし作品です。
現在の自分の持てる力の全てを注ぎ込んだ作品になったと思います。一人でも多くの方に、楽しんで頂ければ幸いに存じます。
人類の歴史は百万年。だが、子どもと女性の人権の歴史は、まだ百年に満たない――。
次の百年に向けて、この物語がなんらかの小さな道標になることを祈ってやみません。
古内一絵(ふるうち・かずえ)
東京都生まれ。『銀色のマーメイド』で、第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、2011年にデビュー。17年、『フラダン』が第63回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。第6回JBBY賞(文学作品部門)受賞。他の著書に『鐘を鳴らす子供たち』『最高のアフタヌーンティーの作り方』『星影さやかに』『山亭ミアキス』、「マカン・マラン」シリーズ、「キネマトグラフィカ」シリーズ、NHKでテレビドラマ化された「風の向こうへ駆け抜けろ」シリーズなどがある。
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『百年の子』
著/古内一絵