著者の窓 第6回 ◈ レ・ロマネスク TOBI 『七面鳥 山、父、子、山』

著者の窓 第6回 ◈ レ・ロマネスク TOBI 『七面鳥 山、父、子、山』

 派手なコスチュームとメイクがトレードマーク、フランスをはじめ世界各国で人気を誇る個性派音楽ユニット「レ・ロマネスク」。メインボーカルのTOBIさんは、テレビ番組『仮面ライダーセイバー』に出演するなど、近年ますます活動の幅を拡げています。三月に刊行された『七面鳥 山、父、子、山』(リトルモア)は、広島県の小さな町で生まれ育ったTOBIさんが、破天荒な父「フミャアキ」とのままならない関係を描いた初の自伝小説。最高におかしくて、ちょっぴりほろ苦い。そんな家族の物語について、TOBIさんにうかがいました。


エッセイでは表現できない、複雑な思い

──『七面鳥 山、父、子、山』は、ミュージシャン・俳優として活躍するTOBIさんが初めて手がけた小説です。執筆の経緯を教えていただけますか。

 そもそもは幼少期の思い出を、エッセイとして書こうと思っていたんです。思い返してみると自分の子供時代は相当ヘンだった。そのことに大人になってから気がついて、当時の爆笑エピソードを並べたエッセイ集にするつもりでした。ところが書き進めるうちに、子供の頃に感じていたもやもやした感情は、エッセイではうまく表現できないと分かったんですね。それで昨年の〝ステイホーム〟期間に、自分の過去とあらためて向き合い、小説として一から書き直したんです。

──広島県北東部の山間の町で巻き起こるさまざまな事件が、主人公・タカシローの目を通して書かれています。驚きのエピソードの数々は、ほぼ実話と考えていいのでしょうか。

 自分でも書いていて不安になったんですよ。本当にこんなことが起こったのかなと。うちの前に派手な飾りをつけたデコトラが集まってくるなんて、ほとんどスピルバーグ映画の世界ですから(笑)。しかし作中のエピソードは実際に起こったこと。幼い頃の記憶なので、歪んだり誇張されている部分はあるかもしれませんが、基本的には自伝と思っていただいて構いません。

──タカシローが父・フミャアキ(文明)のトラックに揺られている冒頭のシーンから、物語の世界に引きこまれました。文章を書くことはもともとお好きだったのでしょうか。

 本を読むことは好きでしたが、文章を書くのは得意じゃなかったですね。小学三年生の国語の時間に、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の感想文を書かされたことがあって、僕はいかにも先生が喜びそうな「自分勝手なふるまいはいけないと思います」的な作文を書いたんです。ところが同級生の「極楽にもクモがいることに驚いた」というひねった作文が絶賛されて、僕のはまったく評価されなかった。それ以来、文章の〝正解〟が分からなくなり、苦手意識が染みついてしまったんですよ。でも人前でパフォーマンスをしたり、歌詞を書いたりという活動を長年続けてきたお陰で、いつしか自分らしい文章が書けるようになっていた。今回もあまり悩まずに執筆することができました。

レ・ロマネスク TOBI

──物語の軸になっているのが、フミャアキと破天荒な父に振りまわされるタカシローの関係です。父子の物語というテーマは、当初から決まっていたのでしょうか。

 書いているうちに少しずつ見えてきた、という感じです。初めは子供時代のエピソードをエッセイの延長で並べていたんですが、自分にとって父との関係が大きかったんだ、ということに気がついて、エピソードを整理しました。僕は父とのコミュニケーションをうまくもてず、父が亡くなるまでぎくしゃくしたままだった。でも心の底では父が好きだったんでしょうね。自分の感情をじっくり整理できたことは、僕にとってすごく意味があったなと思います。

人は誰でも七面鳥のようなもの

──タカシローが四歳の頃、フミャアキは仕事用のトラックを売り払い、突然「乾きもの屋」を始めると宣言します。しかも家族への相談は一切なし。このエピソードひとつとっても、相当型破りなお父さんだったようですね。

 そもそもうちの商売がよく分からないんです。「何屋さん?」と聞いても、「今日売れなくても明日売れればいいものを売る店だ」としか答えない。思いつきのようなことを、いちいち格言のように話すんですよ(笑)。幼い頃はそんな父を当たり前に受け入れていました。父親は息子をスナックに連れていくものだし、お酒を飲んで車を運転するものなのだと。しかし社会に触れるうちに、どうもそうじゃない、うちの親は変わっているらしいぞと気がつくようになるんです。その変化が訪れたのが、この小説のメインになっている九歳から十歳の時でした。

──しかもオープンしたばかりの店の全商品を、広島カープが初優勝したからとすべて十円で売ってしまう。豪快なエピソードですね。

 お調子者だし、人を喜ばせたいというサービス精神のかたまりなんですよ。カープが初優勝したんだし、みんなが喜ぶなら十円で売ってもいいじゃないか、という考えの人なんです。今だったら理解はできますが、若い頃は父のそんな生き方がまったく理解不能で。自分は父のようにはならないぞと固く誓って、大学でも経済学を専攻しました。それがどこでどう間違えたのか、今ではデコトラのような派手なコスチュームを着て、サービス業の極致のような人生を歩んでいる。血は争えませんね。

──タイトルの『七面鳥』は、クリスマスに起こったある事件から。タカシローの幸せな幼年時代を象徴するエピソードでした。

 あるものをずっと七面鳥だと信じていて、何年間も真実を知らされていなかった。父とのエピソードは書きながら思い出したものも多いですが、これはよく覚えていましたね。本のタイトルにしたのは、人間はいくつもの顔を持っている、という作品のテーマとも繋がるからです。外面がよくて、家族の前ではむすっとしているフミャアキだけでなく、人は誰でも相手によって顔を使い分けています。言うなれば、人間はみんな七面鳥なんです。ちなみにサブタイトルの「山、父、子、山」は山間部に父と子がいる、というイメージを、そのまま言葉にしてみました。糸井重里さんには「ありえないタイトルだ」と呆れられましたけど(笑)。

小説を書いて分かった、フミャアキの孤独

──フミャアキの巻き起こすトラブルに巻きこまれながらも、二人の子を育てる母・チャコさんも魅力的なキャラクターです。TOBIさんのお母さまは、実際どんな方なのですか?

 何があっても受け入れてしまう、懐の深さのある人ですね。だって普通、夫がいきなり商売を始めると言い出したら揉めるじゃないですか。でもうちの母は一切文句を言わず、乾物や出汁の研究を始めていましたからね(笑)。僕の性格はチャラチャラした父親譲りだと思っていたんですが、ノーと言えないせいで色んなトラブルに巻き込まれる部分は、母親によく似ているなと最近気づきました。

レ・ロマネスク TOBI

──九歳になったタカシローは、町の有名人であるフミャアキの存在を恥ずかしく思うようになります。そして運動会で起こった事件以来、父とほとんど口を利かなくなってしまう。

 親のことを恥ずかしく感じる時期って、誰にでもありますよね。普通はそれが何となく始まって、いつの間にか終わると思うんですが、僕は小学五年の運動会がターニングポイントだった。酔っぱらった父が水色のロングドレスを着て校庭に現れた瞬間、自分の中でスイッチが切り替わって、父親が恥ずかしい存在に変わりました。そしてそのスイッチが戻らないまま、大人になってしまった。もっと分かりやすく父に反抗したり、腹を割って話したりしていたら、ここまで関係がこじれることはなかったかもしれませんが……。似たもの同士の父子なので難しいですよね。

──東京の大学を卒業したタカシローは、紆余曲折あってフランスへ。三十八歳になった彼は、フミャアキが余命わずかであることを知り、父との関係を見つめ直すことになります。

 あんな父親でも自分は好きだったし、褒めたり認めたりしてほしかった。最後の最後になって、そのことが分かったんです。生きている間はうまく伝えられませんでしたけどね。そして似たような淋しさを、おそらく父も感じていた。それは小説を書いて、フミャアキのキャラクターに同化したことで、初めて気がつきました。父親も僕と同じように両親に反抗し、中学卒業と同時に家を出ているんですよ。ちょっと複雑な気持ちでしたね。もしかしたら僕も息子の運動会に乱入して、二度と口を利いてもらえなくなるかもしれません(笑)。

──フィクションにすることで、父子の関係を客観視できたんですね。TOBIさんご自身が、男の子のお父さんになったことも影響しているのでは。

 大いに影響があります。小説にも書きましたけど、生まれたばかりの息子を抱いた瞬間、父が号泣しているシーンがふっと頭に浮かんできたんですよ。両親は僕の兄にあたる子を、幼いうちに亡くしています。その深い悲しみが、自分が父親になったことで手に取るように分かったんですね。その後も、息子の成長につれて、幼い頃の記憶がどんどんよみがえってきて、子育てしながら父との日々を取り戻していく、という感じでした。

人に優しい小説を書いていきたい

──タカシローが目にする田舎町の風景は、知らないはずなのに懐かしさを感じさせます。この作品を読んでいて、自分が幼かった頃の記憶をいくつも思い出しました。

 そう言っていただくことは多いですね。この小説では子供の頃に流れていた濃密な時間を、できるだけ表現したいと思いました。「四歳」「九歳」の章が「十九歳」「三十八歳」の章に比べて長いのも、子供時代の一日が濃密で、とても長く感じられたからなんです。子供時代を書くうえでラッキーだったのは、当時の風景を克明に記憶していたこと。刺激のまったくない田舎町で育ったせいで、デコトラの模様も近所のスナックのママの髪型も、頭に刻みこまれているんですよ。もっと情報量の多い都会の子だったら、こんなどうでもいいことは覚えていられなかったでしょうね。

レ・ロマネスク TOBI

──タカシローを取りまく個性的な人びとの物語を、もっと読んでみたいと思いました。今後も小説をお書きになる予定はありますか。

 別のキャラクターを主人公にして、スピンオフを書いてみたいという思いはあります。小説を書くことの面白さに目覚めたので、まったく別の世界も扱ってみたいですね。いずれにせよ、社会のメインにいない人たちに心を寄せる〝人に優しい〟物語を書いていけたらと思います。社会的弱者とまでは言わないですが、過疎の村に住んでいるとか、おかしな家族と同居しているとか、いわゆる普通から外れた人たちの暮らしに関心があるんです。

──ぜひ二作目も期待しています。ではこれから『七面鳥』を手に取る人や、すでに読み終えた人にメッセージをお願いします。

 変わり者の父へのラブレターのつもりで書き上げた小説です。本当なら父に読んでもらいたかったですが、すでにこの世にいないですし、そもそもトリセツすら読まない人なので、生きていても読まなかったでしょうけど(笑)。読み終えた後、誰かと家族について語り合いたくなる、そんな小説になったんじゃないかと思います。面白エピソードも満載なので、両親との関係に悩んでいる人も、家族が大好きな人も、笑いながら読んでもらえれば嬉しいです。


七面鳥 山、父、子、山

『七面鳥 山、父、子、山』
リトルモア

レ・ロマネスク TOBI(レ・ロマネスク トビー)
歌手、俳優、作詞家、作曲家。広島県比婆郡(現・庄原市)生まれ。フランスで結成された音楽ユニット「レ・ロマネスク」のメインボーカル。キッチュな楽曲と派手なコスチュームとパフォーマンスで人気に。2009年フランスの人気テレビ番組に出演した際の動画の YouTube 再生回数が、仏で1位を記録「フランスで最も有名な日本人」となる。近年は日本でのテレビ番組や映画出演など活躍の場を広げている。著書に自身の稀有な体験を綴った『レ・ロマネスク TOBIのひどい目。』(青幻舎)がある。

(インタビュー/朝宮運河 写真/黒石あみ)
「本の窓」2021年6月号掲載〉

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