杉田陽平さん インタビュー連載「私の本」vol.14 第3回

杉田陽平さん

Amazon Prime Video で配信中の恋愛リアリティ番組『バチェロレッテ・ジャパン』で話題の人となった杉田陽平さん。インタビューの3回目は、現代美術界で有名なアーティストとなった杉田さんがこれまで影響を受けた本、そして好きな本について伺いました。図鑑や漫画、女性作家の小説など、多彩な本が並びました。


偉大な芸術家も、誰かから影響を受けている

 僕は三重県津市で生まれ育ちました。周囲は田んぼばかりだったので、ヤゴやタガメといった水生昆虫を採集して遊んでいたんです。だから水生昆虫の図鑑は好きでしたね。

 絵を始めたのは小学1年生のときで、初老の男性がやっている近所の絵画教室に通いました。両親が僕を迎えに来ると、「すごく才能があるから、絶対にこの道に行ったほうがいい」と先生が言ってくれたのを覚えています。

 高校も美術系の学科に行きましたが、上手い生徒たちが集うなかで自分の実力はどれくらいなのかを知りたいと思い、進学したんです。クラスメイトのなかでも、けっこううまい方だったと思います。

 高校生時代に、両親が買い与えてくれた一冊が『画風泥棒―12人のアーティストの場合』です。著者の佐々木豊さんは現代洋画界の異才と言われた人で、著者を始めとする他の芸術家たちも、みな決してゼロから作品を生み出したわけではない、必ず誰か先人に影響を受けて自分の味にしようとしたんだ、ということが書いてありました。

杉田陽平さん

 完璧主義だと、前に進むのは難しい。いいところも悪いところも含めて自分と向き合い、苦悩しながら進んでいくんだというアーティストとしての姿勢を、この本からは学ぶことができました。なんだか、とても楽になった覚えがあります。

アウトサイダーであるという共通項

 それから大学卒業後の24歳くらいのときに、改めて読んで心に残ったのが『ブラック・ジャック』です。僕の絵を買ってくれるお客さまが、「杉田くんには興味深いと思うよ」と言って全巻セットを貸してくれて。それを読んだら、はまってしまいました。

 ブラック・ジャックはどんな病も治すほどスキルのある外科医ですが、白い巨塔のようにアカデミックな医学の立場ではなく、闇の側にいるアウトサイダーです。

 毎回、病人など相手のキャラクターは変わるけれど、生命や死、名誉や金銭などがそのなかには描かれている。僕にはこの漫画は、普遍的な「人間とはなにか」「欲望とはなにか」という大きな問いが描かれているように感じられたんです。

 お客様が僕にこの漫画を薦めてくれたのは、アート業界で僕が特有の立ち位置にいるというのが大きかったと思います。

 絵描きというのは一般的には大手ギャラリーの専属になって、名声や絵の価格を上げていきます。でも僕は武蔵野美術大学造形学部の在学中にコンクールで賞を取ったこともあって、学生時代からセミプロのような感じになっていました。それで卒業時には多くのギャラリーから声をかけていただいたんです。

 ちょうどリーマンショックの前でプチバブルのような感じもあって、金銭的にもかなり高額でした。

 でも、目先の利益や有名な画商がプロデュースしてるから人気になるという真実味のない名前の上がり方にはまったく興味が持てなかった。たとえばクリスティーズなどのオークションだとお金持ちの中国人がノリで何千万も払って買ったりするけれど、そこに本当の価値はないわけです。

 だから大手のギャラリーはすべて断って、僕がまだそれほど知られていないときに最初に声をかけてくれた小さなギャラリーと組むことにしたんです。当時、僕の絵は価格も安くてそれほど利益も出ないし、どこの馬の骨かわからない自分にオファーするのはすごく勇気がいることだったと思います。

 そういう人と仕事をしたいと思ったし、自分が入ることで小さなギャラリーが大手になるとか、一緒にブランドを作るというところにやりがいを感じたのです。

 そんな僕の噂を聞きつけた人たちからは「杉田くんは本当に変わってるね」とか、「この話に乗れば有名になるのにという案件を全部蹴っている」とか、「大巨匠と同じところに並ぶ大チャンスなのにどうして」とか、もう本当に変わり種扱いだったんです。

 僕のお客様は、そういう一連の流れを見ていて、『ブラック・ジャック』を薦めてくれたんですね。欲望と闘いつつ、孤独なはぐれ者という立場だからこそ真摯にものごとと向き合ったり、なにが真の幸せかを考えていく姿勢に、どこか共通するものを感じてくれたのかもしれません。

女性作家の自我の揺れや感情描写が好き

 小説は、女性作家のものが好きです。山田詠美さんの『A2Z』とか『ファースト クラッシュ』とか。『A2Z』は僕が25歳のときにつき合っていた37歳の女性から借りた本なんです。

 僕は女性の脳にすごい憧れがあって。男性はなにかひとつのことにしか集中できないけれど、女性は同時に5個くらいのことができるじゃないですか。その脳の偉大さにすごく興味があります。やはり女性作家は、そういう部分を描き出すのがうまいですね。

 小説というのは感情とか自我の揺れが魅力だと僕は思いますが、山田詠美さんはそれを描く文章も本当に素晴らしい。一見すると不純とされるような男女の関係もとても鮮やかに、健康的に書き上げますし、言語のチョイスもすごくステキです。

杉田陽平さん

 それから江國香織さんの『東京タワー』も好きな一冊です。音とか匂いまで想像させるような風景描写も本当にいいなと感じられて。

 特に夜景の都会的な描写は、こんな世界があるんだなと憧れました。この本を読んだあとに風景を見ると、日常が変わって見えます。いろんな立場の人のまなざしがあって、そこに憑依できるんですね。

 僕の場合は絵画もそうですが、小説も映画も素直に感動するというよりは、こういうふうに表現するのかというふうにプロデューサーやディレクター的に捉える傾向があります。そういった視点を生かして、いつか小説などにも挑戦できればと思っています。

(取材・構成/鳥海美奈子 撮影/藤岡雅樹)

杉田陽平(すぎた・ようへい)
画家。1983年、三重県津市生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業。2020年、Amazon Prime Videoで配信された恋愛リアリティ番組「バチェロレッテ・ジャパン」に参加。恋愛に対するひたむきな姿勢と言葉のセンスが注目をよび、〝杉ちゃん〟の愛称で多くの人に親しまれた。

「私の本」アーカイヴ

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