和田靜香さん インタビュー連載「私の本」vol.17 第1回

和田靜香さん「私の本」

ライター和田靜香さんの著書『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』が話題を呼んでいます。50代、単身、フリーランス、お金なしの和田さんが、衆議院議員の小川淳也さん(立憲民主党)を相手に繰り広げた問答は、政治関連の書籍としてはめずらしく増刷を重ねています。


コロナ禍でアルバイトをクビ

 フリーライターの私は、音楽や相撲の記事を長年書いてきましたが、40代半ば頃から仕事が減ってしまい、先行きの見通せない日々を送っていました。コンビニやパン屋、スーパーなどでアルバイトをしていたけれど、時給はいつも最低賃金だったんです。

 そんな日々を、新型コロナ感染症が襲いました。当時は新型コロナの正体もわからず、感染の恐怖に怯えながら今後、飲食の接客業のバイトを続けることになるのか、と大きな不安に襲われてしまい、バイトを長めに休んだんです。そうしたら、「もう来ないですよね」と事情も聞かれずに解雇されてしまいました。

 ちょうど同じ頃、衆議院議員の小川淳也さんを追ったドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」で小川さんのインタビュー記事を書く機会がありました。そのとき小川さんが「あきらめない」とか「あきらめたくない」と何度も何度も言っていて、それが胸に刺さって心に残りました。すごく面白い人だな、とも感じて、それで改めて小川さんに手紙を出し、「一緒に本を作りたい」と取材を申し込んだのです。

自分の苦しさを聞いて欲しかった

 最初の面談は、なにを聞けばいいかまったくわからない状態でした。2回目もまだ、質問は用意していたもののそれを聞けないくらい緊張していたので、小川さんが自分で質問を読み上げて、自分で答えるという不思議な構図で(笑)。国会議員の先生さまがお話してくださるのを、私はもうただありがたく聞いているだけという感じだったんです。

 いまそのときのことを冷静に振り返ると、私は小川さんに、すがるような思いで会いに行っていたと思います。その後、非正規雇用の男性が自分の窮状を訴えて小川さんに泣いて話している場面に居合わせたことがありますが、「あ、私もこの人だったんだな」と思いました。

和田靜香さん「私の本」

 小川さんになにか聞きたいというよりも、私の苦しさを聞いて欲しかったんですね。事実、小川さんも始めの頃を振り返って、「最初はカウンセリングに来られたのかと思った」と言っていたくらいですから。当時の私は自己肯定感がまったくなくて、どん底で、未来が見えなくて、絶望しかない状態だった。生きててもしょうがないとすら思っていました。

60冊以上を読破、更年期の受験生状態に

 でも小川さんとの問答を続けるうちに、だんだんこれじゃ意味がない、もっと能動的に自分も頑張らなければと思ったんです。最初の面談で渡されたのが小川さんの著書『日本改革原案 2050年 成熟国家への道』でした。「僕の政策集だから、まずはこれを読んで」といわれたんですけれど、読んでもなにが書いてあるか、もうまったくわからなくて、読み始めて3分で眠くなってしまって(笑)。

 それからこの本を読みながら、わからないことは他の参考書籍にあたって勉強するという日々が始まったんです。もう60冊以上は買って読みましたね。人生でこんなに本を読んだ時期はないというくらい、朝食を摂る前から夜中の2時~3時くらいまで、読書をし続けていました。更年期なのに受験生状態です(笑)。

民主主義ってなんなんだろう?

 そんなふうに政治について勉強するなかで、もっとも考えたのが「私と小川さんの対話って民主主義なのかな?」ということです。そのうえで一番参考になったのが当時、評判になっていた宇野重規さんの著書『民主主義とは何か』でした。「人々が主権者として自ら政治に参加する」という基本的な言葉に、ものすごく感銘を受けて。「時給はいつも最低賃金」の原稿を書きながら、何回この本を開いたかわからないほどです。

 もう一冊、とても参考になったのが近藤弥生子さんの著書『オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと』です。近藤さんは台湾在住で、これまでは料理や文化的な記事が多い方で、政治の専門ライターではありませんでした。でもオードリー・タンのことが大好きで、私と同じようにぶつかって取材していくというスタイルを取っています。政治のプロではない人が政治家と対話して政治の本を書くことに、すごく勇気をもらった一冊でした。

わからない人に話すことが政治家の課題

 そうやってさまざまに勉強しながら、8カ月間小川さんとの対話を重ねていきました。「生きづらいのは自分のせい?」という素朴な疑問から人口問題、税金や社会保障、環境問題から原発問題まで。この対話でもっとも大事だったことは、私がどんな的外れな質問をしても小川さんが一度たりとも私のことをバカにしたり、無視したりしなかったことです。「和田さんにわかるように話すことが大きな課題、国家的課題だから。それが政治家のやらなくてはいけないことだ」と寄り添い続けてくれたんです。

 日本は、コンビニなんかで働く人を一段下に見る傾向がありますよね。だからそれまでの私の人生は、蔑まれることも少なくなかった。でも、小川さんはどんな立場の人間であろうと真摯に耳を傾けてくれる人でした。そのことに、私はとても励まされ、自信を持って対話ができました。

(次回へつづきます)
(取材・構成/鳥海美奈子 写真/横田紋子)

和田靜香(わだ・しずか)
相撲・音楽ライター。千葉県生まれ。著書に『世界のおすもうさん』、『コロナ禍の東京を駆ける――緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(共に共著、岩波書店)、『東京ロック・バー物語』(シンコーミュージック)などがある。猫とカステラときつねうどんが好き。

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