40年前のグリーンランドを記録した貴重な写真集『極夜』
水中写真家の中村征夫が、40年前に極寒の「地球最北の村」を訪れ、1か月間村人とともに暮らして撮影。エスキモーたちの優しさと逞しさが沁み込む、貴重な写真集。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
岩瀬達哉【ノンフィクション作家】
極夜
中村征夫 著
新潮社
1600円+税
装丁/新潮社装幀室
漆黒の闇のなか撮影した極北の民の優しさと逞しさ
水中写真家の中村征夫は、40年前、真冬のグリーンランドで1か月間、エスキモーと暮らした。冒険家の植村直己が、単独で北極点到達を成し遂げる前年のことだ。
「地球最北の村」は、氷点下35?40度で、初冬に沈んだ太陽は、春まで顔を出さない。
「極夜」といわれる漆黒の闇のなか、ストロボを頼りに切り取った写真には、エスキモーたちの優しさと逞しさが沁み込んでいる。
すでに「文明の波」が押し寄せてはいたが、彼らは昔ながらの生活スタイルと独自の文化を守っていた。過酷な自然の中で生き抜く、唯一無二の知恵だからだ。
食料がなくなると、お互い貯蔵する肉を融通しあうため、子供たちは、アザラシやセイウチの肉をもらいに「お遣い」に出る。橇を引いて家路を急ぐ少年のあどけない表情が、「極夜」の中にまあるく浮かぶ。
長い鞭で、エスキモー犬を打ち続ける若者の顔は、怒れる暴君のようだが、死と隣り合わせに生きるエスキモーにとって、鞭を振るうことは「犬との共存」のための「厳格な序列」作りだという。
村には、エスキモーの女性と結婚し、一男四女をもうけた日本人の大島育雄さんがいて、撮影を助けてくれた。腕のいい猟師として村人から認められている大島さんが側にいたとはいえ、彼らの共同体に馴染めなければ、仲間とは認めてくれない。お祝いの席で振る舞われる「キビヤ」は「渡り鳥アッパリアス」を、「アザラシの毛皮の中に詰め込み発酵させた」肉片。くさやより強烈な匂いで、胃から押し戻される。それを必死に呑み込んだとき、振る舞った家の主人は「ニヤリと笑った」。みんな、貪るように食べている。
思わず目を見張る美人の写真もある。氷山に腰掛ける若きエスキモーの女性だ。清楚な笑みをたたえているが、撮影後、緊張と寒さのあまり「口から泡を吹き」意識を失ったという。どういうわけか、忘れていた感覚がよみがえる。40年の時間と極北の向こうに残されていた懐かしさだ。
※本書内での表記に合わせ、「エスキモー」としています。
(週刊ポスト 2018年3.2号より)
初出:P+D MAGAZINE(2018/07/24)