◎編集者コラム◎ 『わが心のジェニファー』浅田次郎

 ◎編集者コラム◎

『わが心のジェニファー』浅田次郎


 『わが心のジェニファー』浅田次郎

 インバウンド(訪日外国人)が2020年には1年に4,000万人が見込まれる……。

 こんな報道をご覧になった方も多いかと思います。しかし、2014年に小学館の月刊誌「本の窓」で『わが心のジェニファー』の連載が始まったときには、「爆買い」中国人観光客のことは報道されても、ここまでインバウンドが増えるとはとても思えませんでした。2015年の単行本に続き、まさにインバウンド頂点を望むこの時期に文庫版を刊行できたことは、話題性という観点でもとてもいいタイミングだったと思います。

 連載を始めるにあたり、日本在住の外国人の方々に聞き取り取材を行いました。

「日本に来て何に驚きましたか?」という質問から「日本の好きなところ」「おかしいところ」など様々な項目で取材をしました。一番多かったのが「自動販売機」についてでした。「現金が入っている機械を外に放置するなんて、盗まれたらどうするの?」といった心配から「コンビニの前に自販機があるのはおかしい。なぜ同じようなものを店の中と外で売るのか?」といった、確かに言われてみればそのとおりな意見までいただきました。

 そのほかに、新幹線、ウォシュレット、台風など外国人の目から見た鋭い考察の数々は、今回の作品のそこここに生かされています。

 ラリーというアメリカ人青年が、秘めた理由から馴染みのない日本をひとり旅する、いわばロードノベルなのですが、浅田先生が作品に込めたテーマは「日本再発見」です。政治的にも、経済的にも先進諸国からやや遅れを取っている日本ですが、日本人が気づかない素晴らしさがまだまだあることを、この作品は教えてくれます。東京、京都、大阪、大分、北海道と旅しながら、悪戦苦闘しつつも日本文化の奥深さと人情に触れながら成長していくラリー。読み進めるうちに、読者もこれは外国人の目を通した風を装いながら、著者が日本人にもっと元気になれ、とのメッセージを送っているのでは、と気がつくでしょう。

 錦繍のこの時期、ぜひ旅のお供に携えていただきたい1冊です。

──『わが心のジェニファー』担当者より

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