◎編集者コラム◎『冥土ごはん 洋食店 幽明軒』伽古屋圭市
◎編集者コラム◎
『冥土ごはん 洋食店 幽明軒』伽古屋圭市
「あのとき、あれを食べておけばよかった」とか「あの店に行けばよかった」とか、わだかまりの残っている食事の記憶はありませんか。
私にはあります。5年ほど前のことですが、本作の著者・伽古屋圭市さんとの初めての打ち合わせです。
四十前後の我々が、北千住で、夜の会食。ということで、当然呑むでしょうと私が選んだのは、路地裏の知る人ぞ知る(という気配の)もつ焼き屋さんでした。
お店に入った伽古屋さんは所在なげで、聞けばそれほどお酒は飲まないとのことでした。超渋い(でも美味しかった)店で串焼きやポテサラや冷やしトマトをもくもくと食べ、ぎこちないまま散会したように記憶しています。
あの日、洋食店に行っていれば、本作はもっと早く誕生していたかもしれません……。
話がそれましたが、本作の舞台、東京の下町・人形町にある「幽明軒」は、夜になると死者のお客さまが訪れる洋食店です。成仏できない死者たちはそれぞれ、この世へのわだかまりを抱え、そのカギとなる一皿をオーダーします。
大正時代に交通事故で亡くなった女性は、恋人と食べるはずだったライスオムレツを。バブル期に猛烈サラリーマンだった男性は、料理人として独立した息子に連れられて行った喫茶店のナポリタンを。元夫に殺されたのではと疑う女社長は、最期の夜に食べた蟹のマカロニグラタンを。
シェフの九原脩平は、それぞれの料理をできるかぎり忠実に再現するだけではありません。「なぜ恋人にフラれてしまったのか」「息子が伝えたかったことは何か」「私を殺したのは誰か」料理にまつわる話を聞き、彼らのわだかまりとなっている謎を解決します。
シェフが導き出すのは、どんなこたえでしょうか。
冒頭の話題に戻りますが、私がもし夜の幽明軒を訪れたら、いまなら北千住の「もつ焼き」をオーダーして、「うちは洋食店なので」と断られそうです。でも、本作がたくさんの人に読んでいただければ、私のわだかまりも解消されるのではないかなと思っています。
本書は、成仏できない死者たちに寄り添う洋食店での五話の奇跡を描く"最後の晩餐ミステリー"。いま、第一話の「別れのライスオムレツ」を公開中です。まずはこの一話を読んでいただけたら嬉しいです!