◎編集者コラム◎ 『雨のち、シュークリーム』天音美里
◎編集者コラム◎
『雨のち、シュークリーム』天音美里
本作の元になった「泣いたり晴れたり」は、第1回日本おいしい小説大賞の応募作の一つだ。登場人物たちがとても魅力的だった。健やかで眩しかったが、茶目っけもあって好感がもてた。物語は、連作短編の冒頭の2話という印象で、「描かれるべきはもっとこの先では……」とも感じた。その「この先」も描いたのが『雨のち、シュークリーム』だ。
幼い頃に母を亡くし、家族のごはん作りのために高校の調理部に入部した唯一の男子部員・陽平。"ぬりかべ"のようなルックスながら、恋人は学校一かわいい同級生の希歩。家ではお腹を空かせた食いしん坊の小学生・朋樹が待っている。
陽平が父親似であるのに対し、母親似の弟・朋樹は小動物のような愛らしさだ。ただし、口が悪い。「なんでしゃべりかたがおやじくさくて、フランケンみたいな兄ちゃんなんかを彼氏に選ぶのか、ありえなくない?」という理由で、「兄ちゃん、悪いけどオレ、大きくなったら希歩ちゃんに告るから。奪っちゃうけどごめんな?」と恋のライバル宣言しちゃうのだ。
物語は、この三人を中心に進んでいく。それぞれに小さな(本当は小さくないかもしれない)傷を抱えながら、お互いを思い合う姿がとてもいい。それは、なんと言えばいいんだろう。ゲラを読みながら、ずっと考えていた。そうか、「愛しい」のだ。どれくらいかというと「世界一」。帯には「世界一愛しい」という言葉を入れた。
著者の天音さんは、北海道に住んでいる。生まれてからずっと、と聞いた。私の脳内には、広々とした草原を駆け回る天音さんがいて、その笑顔は朋樹に(これもまた私の脳内で作られた像だけど)似ている。この愛しさを生んだのは、広大な大地と豊かな自然なんだなあ、と勝手に妄想を膨らませ続けていた。
本来なら刊行を控えたいま、私の妄想はとっくに修正されている時期だ。ところが、北海道の緊急事態宣言や東京都の外出自粛要請が続き、一度もお目にかかることのないまま発売の日を迎えることになってしまった。
先日、天音さんの住む町の隣町に住んだことがあるというひとに会った。そこは、新しい町で駅前は開けているし、一通りのお店も揃っているそうだ。とてもおいしいジンギスカンのお店があって、その町の自動車学校で免許を取ったとも言う。私の脳内の草原は、消えた。
よくよく考えたら、Google マップのストリートビューがある。ストリートビューで見られなくても、Googleアースで町の様子がわかるかもしれない。今、ググりたい気持ちと戦っている。いつか、天音さんの育った土地で、天音さんと話をする日が来ると信じている。