今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『月と日の后』
冲方 丁

月と日の后

PHP研究所

 冲方丁『月と日の后』は、藤原道長の娘で一条天皇の中宮になった彰子の一代記である。著者は、一条天皇の皇后・定子と清少納言を描いた『はなとゆめ』を発表しており、紫式部が仕えた彰子に着目したのは必然だったのかもしれない。

 道長の命で一二歳で入内した彰子だが、すぐに一条天皇が真に愛する定子が敦康を出産、道長が揃えた名家出身の女房たちと心を通わせることもできないまま孤独を深めていた。入内から二年後に定子が崩御。道長に敦康の母になるよう命じられた彰子は、男女を問わず出世のためなら平然と謀略に手を染める内裏の現実を学び、一条天皇を支え、敦康を守る国母になるという使命に目覚める。

 当時は、公文書などを書く漢文は男性のもの、物語などを書く仮名は女性のものとされていた。政治を理解するためには漢籍の教養が必要だと考えた彰子が教育係として招聘したのが、長く学んだ漢籍を使いながら、一条天皇も愛読する『源氏物語』を書いている紫式部だった。

 当初、彰子と紫式部の関係は良好ではなかった。だが彰子の真意を知った紫式部は、使うあてもなく身に付けていた漢籍の知識を活かし彰子を導いていく。
 女性が政治や社会の問題点を知る手掛かりになる漢籍から遠ざけられていた平安時代は、入試(二〇一八年に発覚した複数の医学部での得点操作はその典型)や就職で女性だけ不利な条件が付けられがちな現代の日本と重なる。それだけに、女に漢籍など必要ないとされた時代に、漢籍を通して紫式部との絆を深めながら成長する彰子には、特に女性読者の共感が大きいのではないだろうか。

 やがて彰子は敦成を出産。彰子は、さらなる栄耀栄華を求め敦康ではなく敦成を皇太子にしようと目論むなど専横を強める道長に、敢然と立ち向かっていく。

 少女時代、叔母の詮子から壮絶な宮廷陰謀劇が恨みを生んだと聞いた彰子は、誰も怨念によって悲劇に見舞われない社会を作ろうとする。そのためなら最高権力者の道長にも堂々と異論を唱える彰子は、空気を読むのではなく正論を主張する重要性を教えてくれるのである。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2021年11月号掲載〉

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